「――ただいま。アルバン、いる?」
個別棟の玄関ドアがガチャリと開けられ、レティシアが入ってくる。
俺は椅子から立ち上がり、
「おかえりレティシア。俺も今さっき帰ってきたところだ」
そう言って、妻を出迎える。
するとレティシアも「なら丁度よかった」と微笑を見せてくれた。
クラオン閣下に誘われて騎士団での稽古に赴き、それを終えて帰ってきたのが、つい十分前くらい。
今レティシアが帰ってきたことを考えれば、割と丁度いいタイミングだったな。
彼女は俺の近くへと歩み寄りつつ、
「騎士団との稽古、お疲れ様。それでクラオン閣下は、なにかご存知だったかしら?」
「キミこそお疲れ様。クラオン閣下なら、あの小娘の父親を知ってたよ。忘れ形見に会ったって言ったら、そりゃもう驚いた顔してた」
「……保護のことは?」
「〝勿論、我でよければ力になろう〟――とは言ってくれたが、あとは当人次第だろうな」
俺はそう言ってチラッとレティシアを見て、
「……で、キミの首尾は?」
「ええ、東区まで行って調べてきたわ。彼女たちのことは、概ねわかった」
長い髪をフワリと払い、少しだけ疲れた様子で深く息を吐くレティシア。
――俺が騎士団の稽古に出向いている間、彼女は東区へと赴いていた。
それは何故か?
そう――セラ・イシュトヴァーンたちのことを調査するためだ。
あの小娘たちが東区の何処をねぐらにしているのか?
どういった理由で東区に固執しているのか?
それを調べるため、優しいレティシアはわざわざ現地まで行って調査をしてくれたのである。
しかも、一人で。
……ちなみにであるが、俺は止めた。
そりゃもう全力で止めた。
ただでさえ治安の悪い東区に妻を単独で送るなど、なにが起こるかわかったモンじゃない。
彼女が一人で行くと言い出した時には、不安で頭がおかしくなるかと思った。
もう心配で心配で仕方なかった。
マジで耐えられんかった。
「俺も一緒に行くから、せめて日を改めてくれ!」と床の上を転げ回って駄々をこね続け、危うくクラオン閣下のお誘いをドタキャンしそうになったほど。
しかしレティシアは「アルバン……あまりみっともない真似をしないで」「大丈夫だから、私を信じて?」と言って、暴れ回る俺を落ち着かせてくれた。
妻に〝信じて〟とまで言われてしまったら、そりゃもう信じるしかない。
それに彼女が〝大丈夫〟と言ったら、絶対に大丈夫なのだ。
だから俺はレティシアを信じると決めてそれ以上は考えず、彼女を送り出した。
そうして実際、彼女はちゃんと何事もなく帰ってきてくれたのだ。
やっぱり俺の妻は流石だよ、うんうん。
本当は彼女がドアを開けた瞬間、光の速さで駆け寄って抱き締めてあげたかったんだけどさ……。
みっともない真似をするなと釘を刺されているから……。
グッと衝動を堪え、さもクールさを醸し出して彼女を出迎えた次第……。
だって愛しい妻にみっともないって思われたくないし。
カッコいい夫って思われたいし。
うぅ、複雑な夫心……。
なんて思ったりする俺を余所に、レティシアは腕を組んで言葉を続け――
「あの子たち、普段は東区の地下水道の中を根城にしているみたい。それで元々は東区の中でスリを働いていたみたいなのだけど、徐々に衛兵たちから目を付けられるようになって……」
「中央区でスリを働くようになった、と」
「ええ。どうやら東区の住民たちも庇い切れなくなったみたいなの」
……ん?
庇う? なんで?
どうしてスリの被害者である住民たちが、加害者であるセラたちを庇うんだ?
相手が子供だから?
いやまさか……。
レティシアの口から出た言葉に、俺は内心で首を傾げる。
「庇うって……住民たちは財布をパクられる側だろ? なんだって――」
「……セラのお父さんのお陰よ」
なんとも複雑そうな表情をして、彼女は言う。
「セラとその父親アルノルト・イシュトヴァーンは、どちらも東区の出身なの。お父さんは〝職業騎士〟でありながら貧しい人々を差別せず、彼らからとても慕われていたらしくて」
「だから東区の連中は、父親の忘れ形見であるセラを無碍に扱えなかった……か」
……そういや、クラオン閣下も言ってたな。
アルノルトは〝貧しい者のために自分は剣を振るう〟と言って憚らない、高潔な精神の持ち主だったと。
きっとそれは真実なのだろう。
もしかすると、東区の住民たちはアルノルトになにかしらの恩義があったのかもしれない。
だからその娘であるセラの悪事を、見て見ぬ振りをして見逃してきた。
だが流石に限度が来て――ってトコか。
セラもセラで、おそらく父親が守ってきた東区に強い愛着があるのだろう。
内心じゃ、窃盗を働くことに葛藤を覚えてるまであるかもしれん。
全く……酷い話だ。
親父さんが聞いたら泣くだろうよ。
レティシアは「フゥ」とため息を漏らし、
「このままだと、あの子たちはいずれ衛兵に捕まってしまう。そうなる前にどうにかしなきゃ……」
「――レティシア、そこまでだ」
口元に指を当てて長考に入ろうとする妻を、敢えて遮るように俺は言う。
「キミがアイツらを助けたいと思う気持ちは素敵だし、俺はそんな優しいレティシアが大好きだよ。でもな、これ以上あのガキ共に関わるのはよせ」
「! アルバン……!?」
「そもそもセラは貴族に保護されるのを嫌がってるし、東区からも離れようとしない。アレじゃ幾ら俺たちが説得しても無駄だろう」
「で、でも……!」
「それにだ――これ以上貴族の俺たちが関わると、面倒事に巻き込まれかねん」
――貴重な短剣術の継承者を見捨てるのは、俺だって忍びない。
だが、意固地になってるガキを説得するなんて面倒過ぎる。
俺からすれば、そこまでする義理なんざない。
…………なんて、まあぶっちゃけ、それは半分建前だけど。
もう半分の本音を言えば、レティシアとコソ泥共を関わらせたくないんだよな。
レティシアは子供好きだし優し過ぎるから、なにかあった時にセラたちを庇ってしまうだろう。
アイツらが窃盗犯であるかどうかに関わらず、だ。
俺たちは一応貴族だし、ましてやレティシアはバロウ家の娘で元公爵令嬢。
そんな彼女がコソ泥と関わってました、なんて噂が流れて話が拗れると厄介だ。
下手をすれば、東区の区長とだって揉めかねない。
――〝子供は大人が守るモノ〟という考えは、理解できるし同意もする。
だが俺には俺で、夫として妻を守る義務があるのだ。
心苦しくはあるが、今回は引き下がってもらおう。
「この話はここでおしまいだ。あのガキ共のことは忘れて――」
――と俺が言いかけた、その時。
――――コン、コン
と、玄関ドアが外側からノックされる。
「あら……? 誰かしら?」
レティシアがドアの方まで赴いて、ガチャリとドアを開ける。
すると、ドアの向こうに立っていたのは――
「――こんにちは! アルバン・オードランくん! レティシア・オードランさん! 今日も仲睦まじいようでなによりですね!」
もはやあまりにも見慣れた、作ったようなニコニコの笑顔。
俺たち夫婦が在籍するFクラスの担任を務める人物、パウラ・ベルベット先生だった。
レティシアは少々驚いた顔をして、
「パウラ先生! どうされたんですか?」
「ええ、お休みの中お尋ねして申し訳ありません! ですが、学園にお二人のお客人が来ておられまして!」
「お客人……?」
「はい! 王都・東区の区長を務める人物――グレッグ・ドブソン区長が!」
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