――レティシアたちを逃がしてから、どれくらい時間が経ったっけ?
三十分? それとも一時間?
面倒くさくて数えてないから、わからん。
だがレティシアのことだ。
どうにか上手く逃げてくれたはず。
あの狭い抜け穴じゃあ、半魚人共が通るのは無理だからな。
だから無事だと信じている。
一方で――俺たちの状況は、無事とは言い難いかもしれない。
『『『ウゥう~……!』』』
「この生臭め……斬っても斬っても湧いてきやがって」
俺とセラ、そして四人の子供たちは――おそらく地下水路最奥と思しき開けた空間に追い詰められていた。
そこは分岐路と同じく、複数の水路と繋がっているのだが――どの道にも、半魚人共がぎっしりだ。
既に何十体もの……下手をすりゃ百体以上の半魚人を斬り殺したかもしれないが、奴らは全く数を減らす様子がない。
むしろどんどん増えており、今現在パッと見でも二百体以上の半魚人に囲まれている。
マジで無限湧きしてるのかもな。
面倒くせぇ。
それでも斬っては逃げ、斬っては逃げを繰り返したが……ここまでのようだ。
「ハァ……ハァ……! ま、まだだ……アタシはまだやれるぞ……!」
息も絶え絶えなセラ。
コイツもよく戦った方だろう。
仲間の子供たちを守るために、必死に短剣を振るい続けてきたんだから。
しかしその小さな身体に宿る体力も、既に限界。
俺はともかく、セラの身が持たない。
さて……どうしたモンかな。
「……そろそろ諦めてはどうかね?」
――半魚人の大群をかき分けるように、グレッグ区長が現れる。
当然、その手には〝魔導書〟が。
「お前が如何に一騎当千の武芸者と言えど、ガキ共を守りながら戦うのももはや限界だろう?」
「……」
「これだけの数の〝眷属たち〟を相手に逃げ続けたのは褒めてやる。だが〝魔導書〟の前にあっては、所詮貴様など虫けらよ」
グレッグ区長はそう言ってニィッと笑みを浮かべ、
「……ああそうだ。アルバン・オードラン男爵、お前が素直に〝眷属たち〟の餌になるなら、ガキ共は見逃してやってもいい? どうかね?」
――などと、悪趣味を隠そうともせず聞いてくる。
それに対して俺は――
「え、なんで俺がそんな真似しなきゃいけないワケ?」
「――なに?」
「こんなクソガキ共のために、犠牲になんてなるワケないだろ。死んでもゴメンだわ」
「は――え――?」
「むしろ俺だけ助かるなら、ガキ共なんて容赦なく見捨てるけど。別に俺、正義の味方とかじゃないし」
むしろ俺って悪役だしなぁ――と思いつつ、明け透けに言い放つ。
そうそう、俺が犠牲になるのはレティシアのためだけだ。
レティシア以外のために死ぬなんて意味わからん。絶対に嫌。
なにを勘違いしとんだ、阿呆め。
俺の返答を聞いたグレッグ区長――とセラたちは、愕然。
「お、おい……!? アンタ、アタシたちを助けてくれるんじゃないのかよ!?」
「そ、そうだぞ! 貴様、それでも貴族か……!? というかそんなにあっさり見捨てるなら、今お前がやってる行動は一体なんだ!?」
敵味方なのに、何故か意見が噛み合うセラとグレッグ区長。
そんなこと言われてもなぁ……。
「なんだもクソもあるか。俺のやることは、どれもこれも妻のためだ」
俺は剣を肩に乗せ、フッと微笑する。
「俺はな、妻の笑顔が見たいんだ。彼女が喜んでくれることが、俺にとってはなによりの幸せなんだよ」
そう言って――俺は子供たちの方を流し見る。
背後で身を縮め、怯える子供たちを。
「レティシアはこいつらを助けたいんだってさ。なら俺は夫として、妻の望みを叶える。それだけだ」
「フン……な~にを戯言を。ではその妻の望みのために、ガキ共と心中しようというのか?」
「だからさぁ――するワケないだろって、心中なんて」
俺は微笑を浮べたまま――セラの頭にポンと左手を乗せる。
そして肩に乗せていた剣を動かし、その切っ先をグレッグ区長へと向けた。
「俺は生きてここを出る。このガキ共も五体満足でここを出る。くたばるのはお前の方。――理解したか?」
「…………ちょ……ちょ……調子に乗りおってッ……!」
グレッグ区長の顔が真っ赤になり、額に青筋が浮かぶ。
なんか茹でタコみたいで面白いな。
「そ、そ、そんなに死に急ぎたいなら、今すぐ〝眷属たち〟の餌に――ッ!」
怒りで唇まで震わせ、我慢ならなくなったグレッグ区長は――いよいよ半魚人共をけしかけようとする。
だが――まさに、その刹那。
「――――どっっっっっせえええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇいぃッッッ!!!」
ズッッッガ――――――ンッッッ!!!
……という、石畳が木端微塵に砕ける音。
俺たちがいる場所に繋がる水路の一つで、何者かが地面を叩き割ったらしい。
同時に途方もない衝撃波で地面が揺れ――半魚人の群れの一部が、華麗に吹っ飛ぶ。
「――よくぞ! 仰りやがりましたわね!」
濛々と立ち昇る砂煙。
パラパラと降り注ぐ瓦礫の破片。
そんな中に佇む――むんず腕を組んで仁王立ちする、グルグルの金髪縦ロール。
「それでこそ、我が心の友レティシア・オードランが夫――アルバン・オードランですわッ!!!」
威風堂々と胸を張り、空間に響き渡るほどの大音量で声を張り上げる女。
そう――
そこに立っていたのはFクラスメンバーの一人であり、俺のクラスメイトでもある――エステル・アップルバリだった。
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