「〝魔導書〟――とは、また物騒な名前が出てきたわね」
王城の一室。
薄暗い部屋の中で椅子に座り、神妙な面持ちでアルベール国王は言う。
そんな彼のすぐ傍には、ウィレーム・バロウ公爵とオリヴィア・バロウの親子の姿が。
オリヴィアは「ふぅ」とため息を吐き、
「ええ……魔法省の上層部は、蜂の巣を突いたような騒ぎですわ」
「ま、本物かどうかわかんないけどね。グレッグ区長なんかにポンと預けるくらいじゃ、偽書や写本の類だった可能性もあるし」
いや……十中八九そうだったろうな――。
そんな貴重な物を――いや、実在しないとすら言われていた幻の本を、回収もせずに燃やして証拠隠滅を図った……というのがなによりの証拠だ――。
アルベール国王は内心でそう思い、言葉を続けようとしたが、
「……〝魔導書〟の件は早急に調査する必要がありますな。ですがそれ以上に気がかりなのが――遂に奴らが動き始めたことです」
――そんなバロウ公爵の言葉で、思考の対象を脳内で切り替える。
「……そうね。しかも奴ら〝薔薇教団〟は、オードラン夫妻に接触を図ってきた。明確な敵意を持って」
「「……」」
「これは国家に対する宣戦布告であり、なんらかの準備が整った合図――と見るべきでしょうね」
アルベール国王はそう言うと――ニィッと不敵な笑みを浮かべる。
「でも残念だわ、『薔薇色の黄昏』……。アンタらは、この世で一番敵にしちゃいけない夫婦を敵にしたわよ」
▲ ▲ ▲
「グッッッッッモーニンFクラスの皆さん! おっはようございまーすッ!!!」
――朝。
今日も今日とて、パウラ先生の挨拶から一日が始める。
「「「……」」」
「あれれ~? 皆元気ないぞ~?」
元気ないんじゃねーよ。
朝からそのテンションに付いていくのが面倒くせぇだけだよ。
などと内心で突っ込む俺。
もっとも、こんな挨拶が二年目ともなると、流石に慣れてしまったが……。
――進級に併せて新しくなった教室の中にはパウラ先生を始め、いつもの九人の姿が。
俺、レティシア、シャノア、エステル、イヴァン、マティアス、ラキ、ローエン、カーラ――の九人。
全員静かに席に着き、パウラ先生の挨拶に耳を傾けている。
「さてさて、本日から二年生・一学期のスタートとなります! 去年はちょっと色々なことがありましたが、心機一転! 気持ちを切り替えていきましょう!」
いや、ちょっとって。
クーデターで国家が転覆しかけたんだが?
それをちょっとと表現するのか、この教師は……。
相変わらずというか、なんというか。
それに、ウチのクラスだって変化があっただろうが。
……十人いたFクラスが、今や一人減って九人。
席が一つ、欠けてしまった。
――レオニールの席が。
もっとも、パウラ先生もわかってて触れないのかもしれんが。
新学期早々クラスの空気を重くしないように、気を遣っているのかもしれん。
流石にそこは教師としての自覚が――
「あ、一応触れておきますがレオニールくんのことは残念でしたね! 彼のことは、とりあえず一旦綺麗さっぱり忘れてください!」
――前言撤回。
やっぱこの人、教師としての自覚ねーわ。
こちとら、忘れたくても忘れられませんが?
第一、レオニールってこの世界の主人公だったんだぞ?
超重要人物っていうか、世界の中心と言っても過言じゃなかったんだからな?
しかも俺の宿敵だったワケで……。
それに――今の世界は、ファンタジー小説の物語が完全に破壊された後の状態。
主人公とヒロインが消え去り、物語の根幹を成す人物がいなくなった。
故にこれから先の未来、この世界が一体どうなっていくのか――全くの未知数。
不安はない……と言えば嘘になる。
だが、レティシアと一緒にいられるなら、世界がどうなろうが知ったこっちゃない。
俺にとって、〝世界〟とはレティシアのことだから。
夫の責務として、俺は妻を守り続ける。
それだけだ。
ま、なるようになるだろうさ……。
考えるだけ無駄だわな。
つーか面倒くさい。
などと思いながら、俺が机の上で頬杖を突いていると――
「……先生」
――レティシアが、小さく声を上げる。
「レオニールは……本当に、その……」
「わかりません! なにせご遺体が見つかりませんでしたから! 私は死んだとハッキリわからない人物に関しては、死者として扱いません! なので、一旦忘れましょうと言っているのです!」
ハキハキと答えるパウラ先生。
ああ……そういう。
なるほど、パウラ先生らしいっちゃらしい考え方だな。
生死不明の人間を意識して、お脳のリソースを割くのはバカらしい――と言いたいんだろう。
その点はまあ……俺も同感ではある。
「それと皆さんお気付きかもしれませんが、去年からの新校則に則り所持ポイントが最も低かったEクラスは全員退学処分となりました! 彼らは既に学園を去っております!」
パウラ先生がなんの感慨もなさそうに言うと、今度はイヴァンが手を上げた。
「先生、学園を去った彼らは今後どうなるんです?」
「退学後の生徒に関しては、基本的に学園は不干渉とする予定でしたが……去年は大変でしたからね! 希望者は、人手が減った王城や騎士団での勤務に就けるそうです!」
ほう、王城や騎士団に。
まあ確かに、エルザの反乱で大量に人が死んじまったもんな。
学園に入学するのは貴族出身者が多いし、都合がよかったのかもしれん。
Eクラスの奴らも運がいい。
っていうか、退学になったのBクラスじゃなかったんだ……。
99ポイントとか引かれてたのに……。
それで退学にならなかったのは、逆に凄いな。
実はBクラスの〝王〟って有能なのか?
名前覚えてないけど。
にしても、ファウスト学園長もよくやるよ。
反乱なんて国家の一大事があったのに、それでもきっちり公約通り生徒を退学にするんだもんな。
公明正大と言うべきか、専断偏頗と言うべきか……。
ま、どうでもいいけど。
俺はレティシアと一緒にいられるなら、それでいいし。
パウラ先生は「最後に」と話を続け、
「皆さんが二年生に進級したということは……今年も〝新たな一年生〟が入学してくるということでもあります! 勿論、新一年生にもキミたちと同じ新校則が適用されます!」
――新校則。
それは意図的に生徒同士を争わせ、クラスの中で〝王〟を決める制度。
支配する者とされる者を明確に分け、さらにクラス同士を蹴落とし合わせることで本質的な〝貴族〟を生み出す行為。
どうやら、その戦いが今年も行われるらしい。
パウラ先生は、なんだか少しワクワクした様子で俺の方を見ると――
「今年も元気な生徒さんがたくさん入学したらしいので……楽しみですね!」
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