《イヴァン・スコティッシュ視点》
「ゼェ……ゼェ……!」
「どうしました? もう息が上がっているようですが」
激しく息を切らし、額から滝のように汗を流す男に対して、ユーリは冷たい声で尋ねる。
――『闘技場』。
かつて僕、マティアス、ローエンの三人がオードラン男爵と戦い、そして惨めに敗れた場所。
今、そんな『闘技場』の中央に二人の一年生が立っている。
片方はウリエル子爵家のヴァンサン・ウリエル。
もう片方は――我が弟ユーリだ。
ヴァンサンはやや粗暴で短気な性格だが、優れた剣技の持ち主だと耳にしたことがある。
実際、遠巻きに見ていても実力はまあまあのようだ。
もっとも――そのご自慢の剣技は、全くユーリに届く気配はないが。
「な、舐めやがって、この野郎……! 運よくスコティッシュ公爵家の跡取りになっただけの、能無しのくせに……!」
「能無しはあなたの方でしょう。貴族であるにもかかわらず品行方正に欠け、噂に聞く剣の腕もこの程度……」
ユーリは「フゥ」とため息を漏らし、
「あなたは〝王〟の座に相応しくない。分不相応だと自覚するべきです」
「うるせぇ! え……Aクラスの〝王〟になるのはッ、この俺だァッ!」
ヴァンサンが勢いよくユーリに斬りかかっていく。
銀の刃がユーリ目掛けて振り下ろされるが――当たらない。
その後、ヴァンサンは何度も何度もユーリに対して斬撃を繰り出すが、ユーリは剣筋を完璧に見切っている様子で、最小限の動きで軽やかに回避していく。
あまりにも優雅な避け方。
あまりにもしなやかな身のこなし。
傍から見ていると、まるで風の流れに身を委ねているだけのようにすら見える。
対するヴァンサンは必死の表情。
ハッキリ言って……勝負にすらなっていない。
そしてヴァンサンが大きく剣を振り被り、突きを繰り出そうとした――その瞬間。
「――ッ」
ヴァンサンに遅れて、ユーリは右手に持った細剣をユラリと動かす。
刹那――ユーリの細剣は、ヴァンサンの喉を貫いた。
まさに後の先。
遅れて動いたにも関わらず、文字通りヴァンサンの隙を閃光の如き刺突で貫いたのだ。
見事なまでの会心の一撃である。
「ぐ……がぁ……ッ!」
「ヴァンサン・ウリエル死亡! この勝負、ユーリ・スコティッシュの勝利!」
クラスの担当教員らしき人物が、ユーリの勝利を宣言。
『決闘場』には死傷避けの魔法陣があるため、実際にヴァンサンが死ぬことはないが――彼の心を折るには十分だったろう。
ユーリは表情一つ変えることなくヴァンサンの横を通り過ぎ、
「……あなたのような人物がいると、王立学園の品格に泥が付く。すぐにここを去ることをお勧めします」
「く……く……くそぉッ……!」
その場に崩れ落ちるヴァンサン。
……あの感じでは、今日中にも退学届けを学園に提出するかもしれないな。
「……」
物陰から決闘の様子を見守っていた僕は、クルリと身を翻してその場を後にする。
……ユーリがどの程度成長したのか、見定めに来たつもりだったが――成程、僕が学園に入学する前とはまるで別人のようだ。
彼が一年Aクラスの〝王〟となるまで、おそらくあと一週間もかかるまい。
強くなったな、ユーリ。
スコティッシュ公爵家跡取りとしての自覚がキミを強くしたのか、それとも……。
「いずれにせよ――あまり、うかうかしていられないかもしれないな」
▲ ▲ ▲
《レティシア・バロウ視点》
「――ということがあったのよ……」
ハァ……とため息を交え、私は学園で起こったことを相談する。
相談を聞いてくれている相手は――オリヴィア姉さんだ。
「ウフフ、あのスコティッシュ公爵家で兄弟喧嘩とは……。聞いているだけなら、ちょっとだけ愉快ね」
クスッと笑いながら、湯気立つティーカップを口へと運ぶ姉さん。
――私たち姉妹は今、シャノアの喫茶店にいる。
二人で窓際の席に腰掛け、街行く人を眺めながら紅茶を楽しんでいたところ。
相変わらず、シャノアが出してくれる紅茶は香しくて美味しい。
……もっとも、ただ紅茶を楽しむためだけに姉妹で集まったワケではないのだけれど。
私はちょっとだけ呆れた眼差しを姉さんへと向け、
「……他家のお家騒動を笑うのは、趣味が悪いわよ姉さん」
「あら、ごめんあそばせ。なにせスコティッシュ公爵家とは、昔から度々張り合う機会もあったモノですから」
全く悪びれる様子もなく、微笑を浮べて見せるオリヴィア姉さん。
……確かに、バロウ公爵家とスコティッシュ公爵家は、同じ公爵家という階級でありながらお世辞にも仲良しとは言えない。
両家は昔から政治の場では度々争うことがあって、バロウ公爵家当主がスコティッシュ公爵家当主に煮え湯を飲まされたこともあった――という話は聞いたことがある。
だから全く因縁がないワケではないけれど、だからといって明確に敵同士というほどの関係でもない。
少なくとも血を流し合うほど憎み合ってはいなくて、お互いに「立場上、一応は政敵」という認識を持っている程度だと思う。
端的に言ってしまえば、両家は〝敵ではないが味方でもない〟という関係かしら。
でも――今やイヴァン・スコティッシュは、大事なクラスメイトの一人。
私にとっては〝友人の家族問題〟なのだ。
とても笑う気分になんてなれない。
オリヴィア姉さんはティーカップをソーサーの上に置き、
「――心配いらないわ。ユーリが一年の〝王〟を目指すというなら、いずれ必ずオードラン男爵とぶつかることになる。彼の実力を見れば、ユーリだって考えを改めるでしょう」
「そうかもしれないけど……でも、それでユーリとイヴァンの関係が直るかどうかまでは……」
「わからないわね。そこは……イヴァンのお兄さんとしての器が試されるところかしら」
オリヴィア姉さんはそう言って、ひと呼吸ほど間を置くと――チラリと周囲へ視線を流す。
そして店内に私たち以外誰もいないことを改めて確認すると――
「ところで本題に入るけれど……例の件、調査に進展があってよ」
「! それじゃあ、〝薔薇教団〟の――!」
「ええ、幾つか情報が手に入ったわ。まずは――〝魔導書〟のお話からしましょうか」
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