《レティシア・バロウ視点》
「あなたは事件の当事者だから教えるけれど、今から話すことは部外秘。他言無用でお願いね」
念を押すようにオリヴィア姉さんは言う。
それを聞いて、私はコクリと頷く。
オリヴィア姉さんはスゥッと小さく息を吸い、
「グレッグ区長が持っていた〝魔導書〟――アレはおそらく【エーギルの書】だろう、というのが私や魔法省の見解よ」
「【エーギルの書】……」
「まず前提として、〝魔導書〟とは既に現存しないと言われていた太古の書物のことを指すわ。魔法省が保管する古文書によると、古の時代には〝魔導書〟に分類されるモノが何冊か存在していたみたい。【エーギルの書】は、その中の一つね」
オリヴィア姉さんの話に対し、私は自然と身体を前のめりにして耳を傾ける。
それはつまり〝魔導書〟というのはあくまで総称で、グレッグ区長が持っていた物はその一種に過ぎない、ということよね……。
あんな危険な物が、他にも幾種存在する可能性がある……と。
これは本当に知らない情報だわ。
心して聞かないと――。
彼女は話を続け、
「……【エーギルの書】は、深淵に潜む〝眷属〟を使役するための本と古文書には書かれてあった。グレッグ区長はこれを使って、モンスターの大群を操っていたのでしょう」
淡々とした口調で、そう語る。
冷静過ぎるくらい冷静に。
まるで自分で自分を落ち着かせているみたいに。
しかしすぐに肩をすくめて見せ、
「とはいえ……グレッグ区長が持っていたモノは偽物――言わば写本だったと私は思っているけれど」
「え? それは、何故……?」
「〝薔薇教団〟がどんな組織にせよ、グレッグ区長なんかにおいそれと本物を渡すとは思えないからよ。彼が〝薔薇教団〟の一員だったとは考え難いし、最後に本の回収を試みず燃やしてしまったのも、本が偽物でグレッグ区長共々使い捨てるつもりだった……と考えた方が辻褄が合うもの」
バカにされたモノよね、と不快そうに眉をひそめるオリヴィア姉さん。
……確かに、姉さんの言う通りだ。
グレッグ区長が死ぬ直前、本は独りでに消滅していた。
あの感じを見るに、きっと本の中に魔法陣が仕込まれてあって、何者かが遠隔から発動して燃やしたのだ。
――もしアレが原本だったとしたら、それは世紀の大発見。
失われた太古の技術を記した本であり、秘術を記した本であるかもしれない。
その貴重性は言わずもがな、のはず。
それをあんなに易々と処分してしまうということは――〝薔薇教団〟は〝魔導書〟の模造品を量産できている、と考えた方が自然だわ。
そこまで考えて、私も改めて過去の記憶を遡る。
……たぶん、グレッグ区長は魔法に関してあまり詳しくなかっただろう。
ほとんど素人に近かったと思う。
にもかかわらず、たった一冊の本を持つだけで、あれほどのモンスターの大群を支配下に置くことができるなんて――。
そう考えると、〝魔導書〟はやっぱり〝呪装具〟と似たような道具なのかもしれない。
アレも装着するだけで、歪んだ力を人に与える代物だったから……。
そう思って、私は自らの首元に手を伸ばす。
……かつて意図せず〝呪装具〟をかけられ、私は悪意を暴走させた。
そしてアルバンを傷付けてしまった。
また、あんなモノが出てきたのだとしたら……。
私はそんなことを思っていたのだが――
「……レティシア、言っておくけれど――〝魔導書〟の力は〝呪装具〟なんかとは比べ物にならないわよ」
私の手の動きを見てか、オリヴィア姉さんは穿つように言う。
「え――?」
「……ねぇレティシア、あなたはそもそも〝魔導書〟という存在を、どれほど知っているかしら?」
どれ……ほど……?
そう聞かれ、私は口元に指を当ててて考える。
「そ、そうね……昔姉さんから聞いた〝本自体に強大な魔力が宿り、所持するだけで禁忌の力を扱えるようになる〟ということくらいしか……」
「より正確には〝本を通して何者かの力を借り、所持するだけで禁忌の業を扱えるようになる〟――それが〝魔導書〟よ」
――オリヴィア姉さんの目つきが険しくなる。
私は一瞬無言となり、
「…………何者か……って?」
「古文書の記述によると――〝大いなる存在〟と呼ばれるモノらしいわ」
問いに対し、オリヴィア姉さんは静かに答えた。
……〝大いなる存在〟?
なんだか酷く抽象的で、仰々しい名前。
いや、そもそも名前なの?
偉大な神を崇めるかのような言い回しなのに、まるでその神の名も姿も知らないかのような……。
なんとも腑に落ちない私に対し、オリヴィア姉さんは言葉を続ける。
「ヴァルランド王国内の遺跡で発見された古文書によれば……この王国ができるよりも遥か前、この地に根付いていた古の人々は、その〝大いなる存在〟を崇める信仰を持っていたそうよ」
「……」
「そして〝大いなる存在〟は、信仰の見返りとして〝魔導書〟を人々に授けていたけれど……ある時〝魔導書〟は、古の人々を文明ごと滅ぼしてしまった。以来、古文書には〝魔導書〟が禁忌と記されるようになった……」
真剣な表情でそこまで話したオリヴィア姉さんだったが――突然「ハァ」とため息を吐いた。
「――というのが定説だけれど、その詳細に関しては魔法省の中でも未だ研究途中……。なにせ〝魔導書〟は長らく実在が確認されない、古文書の中に出てくるだけの本だったからね……」
「そういえば、姉さんは言っていたわよね。〝魔導書〟は御伽噺の中の存在だって」
「ええ、御伽噺の中の存在――あるいはオカルトの類だと思っていたわ。グレッグ区長の件があるまでは」
悩ましそうに頭を抱えるオリヴィア姉さんだったが、すぐに気を持ち直した様子で私のことを見据え――
「……魔法省は〝薔薇教団〟の調査を本格的に始めたし、私も私なりの方法で手は打っておいた。でも注意なさい、レティシア」
「……」
「あなたと夫は――少なくとも〝魔導書〟の写本を持っているような危険組織に狙われているのだから」
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