「けれど魂に干渉できるアヴォイドがいた」
静かに続ける公女の言葉に、座りこんだジャビが、ハッとしたように公女を見る。
いや、違う。
公女の後ろに漂う、金色の粒子だ。
あの粒子は、何であろうか?
時折、粒子が濃くなり、生き物のような姿と動きを見せているが……。
「あなたが契約していた聖獣3体の魂が砕けた時、完全に消滅する直前、アヴォイドが僅かな魂の欠片を掬い取り、隠したの。
とはいえブローチに残った霞のような魔力に宿らせた、僅かな魂の一欠片ですもの。
魔力を消費して具現化できるのは、今見たように、ほんの僅かな時間だけ」
「ふん、それなら魂の欠片だけでも、輪廻の輪に押しこめば良かったものを。
そうすれば何かには、転生できただろうに」
消えた3体がいた場所を見つめながら話すジャビは、どこか切なげに見えるのは、気のせいであろうか。
「だがラビアンジェ、お前の事だ。
あの3体の聖獣達に、輪廻の輪に入るか、俺にせめてもの一撃を食らわせるかを、選ばせたのだろう」
「もちろんよ」
「はっ、奴らは俺への恨みを晴らす方を選んだというわけだ」
ジャビが自嘲したように、鼻で笑って言い捨てる。
「まあまあ、自虐的に考えた上に、捻くれて真実を見誤っているのね」
対して公女は、呆れたような顔で告げた。
「何?」
「何よりあなた、あれだけお仕置き浄化されていたのに、まだ思い出せないのね。
自分の中の気持ちすらも、目を伏せて。
足りなかったかしら?」
「ぐっ……あんな仕置きなどっ」
眉を顰めたジャビに、公女は更に呆れたように、最後は首を傾げた。
ジャビよ、何故そうも悔しそうに……。
お仕置き浄化とやらも気になるが、余はあえてその言葉だけはスルーして、成り行きを見守る。
「チッ、教えろ。
何を見誤っていると言いたい」
どこか必死さが垣間見えるジャビが、立ち上がって公女に詰め寄ろうと、一歩踏み出した。
しかし公女は、ニコリと淑女らしく微笑んで、一歩後ろに下がった。
「さあさあ、ここからが【お仕置き】よ」
「は!?
何だと!?
今の3体の攻撃は、何だっ……」
「好きなだけ、やっちゃってちょうだい。
ヒュシス」
ジャビが言い終わらぬ内に、公女がジャビの後ろに向かって声をかけた。
途端、ジャビの背後に、ジャビの肩へと伸びる手が現れ、肩を鷲掴む。
ジャビに後ろを振り向かせるように、動いたように見える。
「は?
え?」
対するジャビは、目を白黒しながら、されるがままに振り向いた。
途端……。
――バチーン!
「へぶっ!?」
ジャビの頬を打つ、もう片方らしき手が現れる。
「こんの、大馬鹿ー!」
――バチーン!
「……あぁっ」
次いで、妙齢の女性の顔が現れ、往復ビンタを放つ手とほぼ同時に、ジャビに向かって叫ぶ。
尚、余はジャビがどことなく嬉々とした響きを宿した悲鳴も、衝撃で再び座りこんだ直後に顔を上げたジャビの真っ黒な瞳に宿る愉悦の喜びも、見ざる聞かざる言わざるを貫くと決めた。
「……ヒュシ、ス」
呆然と呟くジャビが見つめるのは、白桃色の髪に、菫色の瞳をした女性。
瞳には金環が浮かんでいた。
女性はいつの間にか、しっかりと姿を現している。
かつて我が国の国教だったヒュシス教が祀る、女神ヒュシス。
公女も先程、その名を口にした。
そうか、この女性が初代国王の双子の姉。
ベルジャンヌ王女にも、ロブール公女にも流れる、チェリア家の血筋の祖。
「さあさ、しっかりとお仕置きしてちょうだいな」
ふと、公女が楽しそうに告げる。
するとヒュシスとジャビの姿が10歳程の子供の姿へと変わった。
「そうさせてもらう、わ!」
ヒュシスが動く。
言うが早いか、ジャビの胸に向かって跳び蹴りを食らわせた。
「ガハッ」
「まだまだぁ!」
再び転がったジャビの上に、勢いよく馬乗りになるように飛び乗り、ジャビの腹にドスンと尻を落とした。
「ふぐっ」
「いいこと、馬鹿弟!
アンタと契約してたあの3体はね!」
――バチーン!
――ベシーン!
「ふぉぐっ、へぶっ……」
「わざと痛み分けにして、許して消えたの!」
――バチーン!
――ベシーン!
「ふぉぐっ、へぶっ……」
「アンタが自分達を殺した事に、最初から恨んでないけど、アンタは信じないから!
魂の欠片になっても、アンタが好きだったから!
わざとアンタを攻撃して、コレで許したんだぞって意思表示したの!
なのにアンタって子は、あの3体が恨んで、恨みを晴らそうとしたですって!?」
――バチーン!
――ベシーン!
「ふぉぐっ、へぶっ……」
……激しいな。
姿が子供になった分、姉弟喧嘩に見えない事もないが、ヒュシスはジャビの頬に、何度も往復ビンタを食らわせている。
ジャビのくぐもった悲鳴から推察するに、ヒュシスのビンタは見た目より威力が重いように感じる。
ヒュシスがジャビの胸倉を両手で掴む。
頬の衝撃からか、目を白黒させているジャビの上半身を持ち上げた。
「寝言は死んでから言えー!」
――ゴン!
「っがっ……はぁん」
最後にヒュシスは、ジャビの額に頭突きをした。
「あらあら?
もう死んでるんじゃなかったかしら?」
尚、余はジャビの呻きの最後が、愉悦的であった事も、公女の風情のない呟きも、聞かなかった事とした。