「キャアアアアアアアアアアアア!!」
「シャァアアアアアアアアアアア!!」
カレンは悲鳴を上げていた。
魔物が視界の外側から迫ってくる気配がするが、それとは別に、騎乗竜から振り落とされそうで悲鳴を上げていた。
「ルミーちゃん! 無理無理無理無理! リヒト様!! 落ちそう!!!!」
「落ちても落とさないから安心しな。とはいえ、今俺追ってきてるフロストハーピーの相手で忙しいから、落ちたら雑な持ち方になるから掴まっておくことをおすすめするぜ~」
六階層のアダマンタイト鉱床の洞穴は一気に駆け抜けたためかゴーストらしきものに接触することもなく、悲鳴を上げて目を瞑っているうちにまぶたの裏が明るくなり、目を開けるとそこは七階層だった。
七階層は青白い氷の岩壁だった。
こういう場所には大抵空を飛ぶ魔物がいて、案の定、七階層に到着した途端にフロストハーピーに集られた。
氷系の魔法を使うハーピーだ。
その群れが後ろから飛んできているらしい。だが、カレンは振り返る余裕もない。
「ルミーちゃん! ごめん! 爪、立てるかも!!」
「騎乗竜には普通の人間の爪なんか刺さらないから囓りついてでも掴まってりゃ大丈夫だよ。まあ、魔力をこめれば俺ぐらいだと刺せるけど、なッ!」
騎乗竜から伝わってくる衝撃とフロストハーピーの絹を裂くような甲高い悲鳴。
リヒトがハーピーを剣で薙ぎ払ったようで、羽音が遠のき、直後ずり落ちかけていたカレンは戦闘を終えたリヒトに引っ張り上げられた。
「ホラ、戦闘が終わったから俺の上に落ちてきてもいいぜ?」
「それは、なんか、嫌……ッ」
「俺だって嫌だよ。ユリウスも嫌がるだろうしな」
カレンは意を決して落ちる危険をひしひし感じながらでないと声も出せないのに、リヒトは騎乗竜の上で普通に話している。
ほとんど二足歩行している滑らかな滑り台のような騎乗竜に跨がったリヒトは、太ももの力で騎乗竜の胴体を挟み込み、全身の筋力で上体を起こした格好で掴まっているのだ。
その間も、騎乗竜は恐ろしい速度で完璧に張りつくように出っ張った細い道を爆速で走り続けている。
カレンはそんなリヒトがストッパーとして背後に控える急勾配の滑り台に必死で掴まっていた。
ここで力を抜けば、騎乗竜に乗っているというよりほとんどリヒトに座る形になる。
「ここで体力を無駄に消費しないでくれるかい? カレン。それは君の最速か?」
「くっ……! 無念……ッ」
痛いところを突かれてリヒトの上に落ちたカレンは、その振動の少なさに恐れおののいた。
「騎乗竜の走る振動に合わせて、体勢を微調整してるんですか……?」
「まあね。俺たちくらいになるとそれぐらいできる」
普通に話すことさえできてしまってカレンは悲鳴を飲みこんだ。
先程まで酔う寸前だったのに、風を切る異様に速い馬車に乗っているような振動。
恐るべき身体能力である。
リヒトは本当にユリウスに並ぶ強者なのだと、カレンは感覚で理解した。
「……ご配慮いただき、ありがとうございます」
「君は君の仕事をしてくれればいい。食糧も大して持ってきてないんだから、俺は君を本気で頼りにしてるんだぜ?」
カレンの荷物は錬金釜と柄杓と、錬金釜を挟むように前に抱えた背嚢だけ。
リヒトも大して変わらない装備だ。
一応、持てるだけの薬草固パンは入っているものの、未知のダンジョンで不測の事態が起これば即座に詰むことになる。
「大丈夫です……多分。少なくとも、食糧なら見つけられるはずです」
「自信ありげだな? 君がダンジョンに詳しいって話は聞いてないけどな」
「わたしが詳しいのはダンジョンじゃなくて、食材の旬です」
「シュン?」
この世界では、というよりダンジョンの中では、求めるものは探せばいずれ見つかるとされている。
ダンジョンの深層の方がより見つかりやすいとされてはいるものの、浅層でも見つからないわけじゃない。
カレンの予想では、確率で出現しているのだ。
魔物もそうだ。
魔物は卵で生まれたり胎生で生まれたりもするが、基本的にはダンジョンが生み出している。
これはこの世界の人々の共通認識だ。
何しろ、魔物は潜る度に大体同じ場所に配置されている。
もちろん、階層内で動きはするものの、冒険者ごとに狩り場があるぐらいには偏っている。
十階層ごとにいるダンジョンのボスだって、一度倒せばしばらくは現れないが、再び同じ強さの同じ種類の魔物がボスとして君臨するのだ。
ダンジョンが生み出していると考えるのが自然だろう。
そして、ダンジョン内で見つかる様々な植物や動物についても出現しているのだろう、というのがカレンの考えだ。
でも、こちらについてはこの世界の人の共通認識ではないのは、魔物と違って出現の仕方がランダムに見えるからではないか。
その確率が一定ならまだ法則に気づく人がいてもおかしくない。
だが恐らく、出現確率も人によって違うのだ。
女神の寵愛、階梯、魔力量、その人自身の理解、そのほか諸々の要因によって、きっと確率は変動している。
そしてカレンの予想が合っていれば、カレンは出現確率を上げられる。
ダンジョンにありそうなものを探せば、見つかりやすいのではないか。
たとえば豊かな森にありそうなものは、豊かな森環境のダンジョンで見つけやすいし、冬の森にありそうなものは冬の森環境のダンジョンで見つけやすい。
海にありそうなものはもちろん海で、川にありそうなものは川で見つかる。
カレンからしてみれば、ごく当たり前のように感じる。
けれど、この世界の人のほとんどは一生を町の中で過ごして終えるし、ダンジョン以外の森や海を知らない人もいる。
流石に森で魚を探そうとする人はいないものの、それに近い探し方をする人はいる。
冬の森で夏の果実は見つからないということを、ほとんどの人は理解していない。
けれどダンジョンの中にある冬の森でなら、ごくたまに夏の果実すら出現することがあって、人々は更に季節と植生の関係性がわからなくなっていくのではないか。
ダンジョンの影響圏内に森や川があれば、そこでは自然な営みが見られるだろう。
だけど人が行きやすい場所は、貴重なスペースだ。
すぐに切り拓かれて人が暮らす領域になってしまう。
ダンジョンの影響圏外では、ほとんどダンジョン内と同じような環境になってしまう。
「『理解』を深めるって大変ですから、リヒト様がわからないのも無理はありません」
「俺のことを馬鹿にしてる?」
「してませんよ、そんなこと。これはBランク錬金術師としての見解です」
リヒトが軽く目を見開く。
一体どうやったらこの世界の人は、ダイコンの旬が冬でキュウリの旬が夏であることを知ることができるのだろう。
前世では当たり前の知識すらきっと、カレンの素材への理解の助けになっているのだろう。
この知識のおかげで、カレンはきっとユリウスのもとにたどり着ける。
頬を打ち据える凍てついた風を者ともせずに遠くを見すえるカレンを見下ろし、リヒトもまた道の先にあるものを見すえて目を細めた。
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