クリスに連れられて店に入ると、老紳士にメジャーであちこちを測られた。
とはいえ、10分程度で終わり、クリスが老紳士と一言二言話すとすぐに店を出て、また歩いていく。
「……高そうな店でしたね?」
ヘレンが小声で聞いてくる。
「……上位貴族のクリス御用達の店だから本当に高いんだろう」
「……大事にしましょうね」
「……そうだな」
あまり着ることないからってクローゼットにしまいすぎてダメにすることは避けたいと思う。
「ジーク、ここだ」
クリスが立ち止まったので俺も立ち止まる。
そこは大通りから少し外れた場所であり、アパートなんかの住居が立ち並んでいた。
「ここ?」
「ああ」
クリスが見ているのは屋敷ではなく、普通のアパートだった。
「あいつ、一人暮らしなのか?」
「学校を卒業後、ずっとそうだぞ」
そうなのか……
王都貴族って言ってたし、王都にあるだろう実家に住んでいると思った。
「ちなみに、お前は?」
「実家だ」
なんでだろう?
こいつはこどおじに思えない。
あ、上級だからか。
「助かった。お前は帰っていいぞ」
「まあ、帰るさ。立ち入っていいことではないからな。ではな」
クリスはそう言って、来た道を引き返していった。
「良い奴」
「本当ですよねー。さすがはクリスさんです」
俺にあいつの十分の一の人間性があれば左遷されなかったんだろうな。
まあ、今となっては別にいいけど。
「さてと……」
玄関の扉をノックした。
窓から明かりが漏れているので中にいるのはわかっている。
『どちらさまー?』
クヌートの声だ。
「クリストフだ」
『この声は……』
少し待っていると、扉が開き、クヌートが出てきた。
「よう」
「お前のどこがクリスの兄貴なんだ?」
「さっきまでいたんだぞ。俺、お前の家を知らんし」
「案内してもらったのか……兄貴は?」
クヌートが左右を見渡すが、もうクリスの姿はない。
「帰った」
「そうか……で? 兄貴に案内させてまで何の用だ?」
「話がある」
「ふーん……そうだな。飲みにでも行くか? お前とサシで飲んだことはないし」
そりゃそうだ。
そもそも一門で飲むことなんてない。
「俺はゾフィーとしか飲んだことがない」
それも先月。
「逆にゾフィーとあるのがすげーよ」
「この前までリートに出向していて、ウチに泊まってたんだよ」
「あー、なんか言ってたな。よくゾフィーと一緒に暮らせるな。ストレスがヤバそう」
別にそんなことはなかったな。
「色々あったんだよ。それより飲みに行くってどこだ?」
「ちょっと待ってろ」
クヌートはそう言って、部屋の中に入っていった。
そのまま待っていると、部屋の灯りが消え、クヌートが出てくる。
「行こうぜ」
クヌートの案内で歩いていく。
「お前、本部長の見舞いに行ったか?」
「ああ。定時で帰ってテレーゼの姉さんと一緒に行ってきたぜ。だいぶ良くなったみたいだな。普通に話せた。まあ、長居はせずに帰ったが」
回復は早そうだな。
「なら良かった」
そのまま歩いていくと、クヌートがとある店に入っていったので続く。
店は大衆店ではなく、ちょっと薄暗くてバーのようなお店だった。
「いらっしゃい、クヌート君……あら? 今日は男のお友達が一緒なの?」
バーの店主っぽい30代くらいの女性が出迎える。
発言からよく女と来ているのがわかる。
「そうそう。弟弟子なんだよ。ちょっと話があるから今日はボックス席で頼む」
「どうぞ。よく来てくれたわね。あら可愛い」
お姉さんはヘレンを見て、ニッコリすると、奥にあるボックス席に通してくれた。
「何飲む?」
俺達が席につくと、店主が聞いてくる。
「いつもの。ジークは?」
「ウィスキーのロック。それとぶどうジュースを底の浅い容器に入れてくれ」
「了解」
店主がカウンターに戻ると、お酒を作っているのが見える。
「よく来るのか?」
「たまにな」
「女と?」
「何でもいいだろ」
遊んでんなー、こいつ。
「お待ちどうさま」
店主が酒とぶどうジュースを持ってきてくれたので乾杯し、一口飲む。
「それで? 話って何だ?」
「レオノーラのことだ。お前、レオノーラを知ってるな?」
「まあ、知ってるな。会ったのはこの前の空港が初めてだが」
やはりか。
「婚約者なんだって?」
「そこまでの関係じゃない。そういう縁談話があったってだけだ。ただ折り合いがつかなくてほぼ破談状態になっている。お前はよく知っているんじゃないか?」
クヌートは苦笑いを浮かべ、カクテルみたいな酒を飲んだ。
「レオノーラは錬金術師になりたかったらしい。なあ、実際、貴族の家に嫁いだら両立できないものか?」
「できないだろうな。貴族は派閥があり、交流会なんかも多い。特に貴族夫人は婦人会だらけだし、仕事をしながらは無理だな。王都貴族は特にそうだ」
婦人会……
絶対に生産性皆無のしょうもないものだ。
「そうなのか」
「まあ、向こうの気持ちはわからないでもない。俺だって錬金術師をやめたくないからそう思う」
俺も能力とは別のところでそう思うな。
「レオノーラは9級錬金術師だし、今回の鑑定士も受かっているだろう。4級程度にはなれる才もある」
「それはすごいね。そして、お前がそうさせるわけだ」
レオノーラには絶対に4級になってもらわないといけない。
俺の見立てでは5級止まりだが、本人が4級を目指すと言ったのだから。
「お前もそのくらいの才はあるぞ。いや、魔力量からしたらそれ以上だ」
クヌートは3人娘より魔力が高い。
というか、3人娘はそんなに魔力が高くないのだ。
ただ、器用だし、頭が良いので上を目指せる。
「俺はお前やハイデマリーの姉貴、ゾフィーみたいに上を目指そうとする人間じゃないんだよ。願わくば一生、技術屋が良い」
俺だってそう思っている。
でも、それと出世は別だ。
いや、別だった、か……
「人それぞれか」
「そういうことだ。俺は別に次の本部長がクリスの兄貴だろうと、ハイデマリーの姉貴だろうとどっちでもいいんだ。後輩のお前でもいいし、ゾフィーでもいい」
今は俺もそう思っている。
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