結局どうするのか何も決まらぬまま悪戯に時だけが流れて行き、気づけばこの森の中で三度目の朝を迎えてしまった。堂々巡りする思考を止めたのは、焚き火の薪を継ぎ足す為に天幕を離れた時位かもしれない。
不眠の原因は思考に囚われていた事だけではない。進化の選択を行った事によって、睡眠中にコボルドに変化が訪れたらと思うととてもでは無いが眠る気は起きなかった。
火の勢いが弱まった焚き火に薪をくべる為に、寝たままのコボルドを囲む様に立てた簡易的な天幕から出た瞬間朝日と刺す様な冷気が疲れた目に染みる。
目を細めながら、夜が明けて新雪に覆われた広場を見渡す。
昨晩の時点ではワイバーンが暴れたせいで薙ぎ倒された木々が激しい戦闘の跡として残っていたのに、一晩振りしきる雪に晒されただけでその殆どが隠されてしまった。
まるで昨日何も無かったようだな……。
継ぎ足した薪に炎が燃え移ったのを確認してから振り返ると、天幕の奥で呼吸と合わせて規則的に上下する毛布が視界に入る。
迎えの馬車は正午に到着する予定だ。森から出るのに掛かる時間を考慮してもまだ時間にかなり余裕があるが……昨日から一度も目を覚さないコボルドの事が流石に心配だ。
後少ししたら、申し訳ないが起こしーー。
「うぅー……?」
良かった、俺が起こすまでもなく起きてくれたみたい……だ……??
「わう?」
「……あのコボルドなのか?」
「くぅーん……?? わぅ……」
簡易的な寝床から半身だけ起きあげて、俺の問いの意味がわからなかったのか首を傾げた女性が、隣に横たわった息たえたコボルドを見てくしゃりと顔を歪ませてから弱々しい鳴き声を放った。
「うぅーー……」
姿形は随分と変わってしまったが……あの仕草はあのコボルドの物で間違いないだろう。そもそも一晩中見守っていたから入れ替わることも不可能なはずだ……不可能なはずだが……。
「どうすればいいんだ……!?」
セレーナの淡い桜色の髪よりも、正しい表現かどうかわからないが原色に近い派手なピンク色の髪を伸ばした頭に、前世の創作でしか見た事がない犬耳が生えている。
感情に連動しているのか分からないが、今は仲間の死を悼んで折りたたまれているが先程、寝起き様に俺の方を見た時はピンと両耳を立てていた。
「獣人、なのか……??」
思わず口から疑問が溢れてしまったが、コボルドは一体何に進化したんだ……!?
進化に何を求めるのか問われた時「コボルドにとっての幸せ」を願った。
ワイバーンとの戦闘で仲間を失った経験から、コボルドが自分の身を守る為に力を渇望して戦闘に特化した……それこそ人類に対する脅威となる魔獣に進化してしまう可能性については覚悟していた。
人との共存が不可能なら、身勝手にも程があるが遠くに逃すか……言う事を聞いてくれず襲われたら、最悪自分の手で討伐するしかないと苦悩していたのも寝れない理由の一つだった。
だが、進化の結果人型に近付くとは微塵も思っていなかった……想定外の状況過ぎて考えがまとまらない。
そもそもこの世界に獣人はいるのか……?
アムール王国でエルフには出会ったが、あのエルフ達は奴隷の身分に堕ちていた……この世界の常識で適切な表現なのか差別的な表現なのか分からないが、亜人種の人権はどうなっているんだ??
獣人が存在すると仮定して、もしも人権が認められていなかったり、認められていても姿形が人と違う為差別の対象だった場合……魔獣が獣人に進化したという実例が存在するのはかなり不味く無いか? 下手したら人権問題の火種にーー。
ぎゅるるるる……
「くぅーん……」
想像だにしていなかった事態に迷走する思考が、聞こえて来た腹鳴によって無理やり現実に引き戻される。
「……お腹が空いたのか。とにかく朝食を……その前に服を着ような?」
「わぅ??」
元々服を着ていなかったのだから人に近い姿になったら全裸になってしまうのは当たり前だが、このままにしておくのはだめだ。
コボルドも寝起きの瞬間は毛布をどかしていたが、身体を覆う毛を失い寒さへの耐性が低くなったのか今は毛布に身を包めている。体調を崩す前に服を着させてあげるべきだろう。
「勝手にヴァネッサの着替えを貸すわけにはいかないから、俺の服で我慢してくれ」
「……わう?」
俺が収納鞄から取り出して差し出したシャツとズボンを困惑した表情を浮かべながら見つめて、そのまま固まってしまったコボルドを見て自分が相当テンパっていることに気付かされる。
「そう、か……着方が分からないのか……」
「わぅー……?」
「すぐに済むから、少しだけ大人しくしていてくれーー」
「きゃん!?」
シャツを着させるために毛布を脱がそうとすると鳴かれながらかなりの力で抵抗された。寒いから毛布から出たくないのは分かるが、そう言う反応は本当にやめてほしい。
「頼む、ちょっとだけ我慢すれば暖かくなるから言う事を聞いてくれ。このままだと……」
言い掛けたことを口にするのは止めた。側から見れば天幕で休んでいた女性を襲っているようにしか見えなーー。
「デミトリ……??」
その声は……!?
「その子、誰? 何してるの?」
落ち着いた声色からは想像できない程凄まじい魔力の揺らぎに鳥肌を立てながら振り向くと、天幕の入り口からヴァネッサとセレーナがこちらを見ていた。
「私達に会いたいって手紙に書いてたって聞いたのに、森の中で何してるのかな?」
「くぅーん? ぐるるるるぅ……!!」
「ちがーー誤解だ!? ヴァネッサもセレーナも、コボルドも頼むから落ち着いてくれ……!」
「「……コボルド????」」