夜も更けて。
月の翳った闇の中。
一軒の空き家の戸口で、異様な物音が響き出していた。鉄の棒のような道具で、木の扉をこじ開けているのだ。
やがて、扉が外され、数人の人影がそこを覗き込む。
その姿を、いきなりいくつかの光が照らし出した。
「何だ?」
「そこまでだ。四人とも、大人しくそこに膝をつけ」
大股で歩み寄って声をかけたのは、ウィクトルだった。
その後ろに十人ほどの村人が従い、『光』の加護持ちの者が賊たちを照らし出している。
戸口で振り向いた四人は、もちろんクルトたちだ。
「抵抗しても、無駄だぞ」
「知るか。おい、逃げろ!」
クルトの号令に、一斉に走り出しかけ。
そこへ、次々連続して、ウィクトルの剣が走った。足を狙って、刃のない方での打擲だ。
一人だけそれを避けたギードが後方へ抜け出しかけ、
「ウォン」
「え、な――オオカミ?」
ザムに吠えかけられて、足を竦ませ立ちつくす。
そこへ、背後からウィクトルが剣を突きつけた。
「抵抗はやめろ」
「は……はい」
足を打たれて転がった三人は、村人たちに縄で拘束されている。
ギードもすぐ、同じ運命になった。
静かになったところで、僕たちは物陰から出ていった。僕をおんぶした兄と、付き添うテティスが一緒だ。
「やはり、その空き家を探るのが目的だったようだな」
兄が声をかけると、足の痛みに呻いていたクルトが、顔を上げる。
「畜生――見張ってやがったのか」
「戦利品を持ってすぐに逃げないのは、まだこの村の秘密を探る目的があるのだと思ったからな」
「最初から疑ってたのか?」
「いや、疑いはちょっとだけ程度だったのだがな。さっきウィクトルが街道の南方面を調べに行って、見つけた。道から外れた雪の下に埋められた死体が四つ、明らかに本物の商人たちだな」
「くそ――」
「農産品を奪い、情報を探り出し、どう見てもうちの商売を邪魔するのが目的だな。誰に頼まれた?」
「知らん」
「まあそれじゃあ、屋敷へ連れ帰って話を聞こう」
村人たちは二人を残して家に帰し、縄がけした四人を引き連れて屋敷に戻った。
屋敷では万が一に備えて、ヘンリックとランセル、夜番の村人三人が警固を強化している。
賊の捕縛にはウィクトル一人で十分だということだったが、その後衛と逃亡防止要員にテティスとザムを伴うことにした。
僕と兄はザムへの指示出し係だ。捕縛現場にくり出す危険は当然論議されたが、ザムの有用性と護衛が二人ついている安心とで、家人一同の納得を得ていた。
クルトたちへの疑いは、ヘンリックも怪しさを覚えていたようだが、兄と僕の協議でかなり決定づけられた。
クルト自身の追従過剰の話し方は、かなり胡散臭さはあっても、商人として不自然というほどではない。
問題は、その内容だ。
いちばんは「ゴロイモの量が少なくないか」と言っていた点。
我々の感覚ではあの用意された量、多少の誤差はあっても黒小麦とゴロイモで大きな不釣り合いを覚えるほどではない。あの発言は明らかに、ゴロイモの使用できる分は見た目の十分の一以下、という従来の常識に沿ってのものだ。
王都でのコロッケの調理は、フリード商会の用意した設備で行っている。調理法は部外秘だと断りを入れてはいるが、商会の者に秘密にはしていないのだ。最初はゴロイモの扱いに大いに驚かれたそうだが、商会内部の者に今や、十分の一常識は存在しない。
何よりも、農産物を受け取りに来た使者が、その見た目分量を予め承知していないはずはないのだ。
また、パンの作り方についても、商会の者に工程自体は秘密にしていない。秘密なのは天然酵母の正体だけだ。
もし商会の者が『魔法』などという言葉を使うとしたら、『あの謎の液体』に対してであって、クルトが口にしたような「石窯に魔法がかかっている」という表現はまずあり得ない。
外部で噂を聞いて「商会の者にも秘密らしい」という情報から、話のうまいあの男が捏造した『使用人の弁』だろう。
つまりクルトたちの正体は、王都でベルシュマン男爵とフリード商会が組んで始めた商売について、外部からかなり詳細に探りを入れた人間の息がかかった、殺人、強奪、諜報の役目を担う集団と考えられる。
フリード商会の使用人がベルシュマン男爵領へ商品の材料を受け取りに出かける、という情報を掴んだ。
行きの街道で盗賊として待ち伏せ、使用人一同を皆殺しにし、それになりすます。
目的は、材料の農産品の横どりと、男爵領でまだ隠されているはずの秘密を探り出すこと。
領主の息子と執事に目通りを果たし、話巧みに秘密を聞き出そうとしたが、空振りに終わった。
代わりに、村で空き家なのに大勢が出入りしている家屋を見つける。
夜闇に乗じてその空き家を捜索し、怪しまれないうちに荷物を積んだ馬車を引き出して逃げよう、と計画する。
といったところだっただろう。
こちらとしては、そこまでを想像して、確証を掴む動きに出た、
おそらく本物の商人の死体が隠されているだろうと推測される地域へ、ウィクトルとザムに捜索に行ってもらったのだ。
巧みに隠されているとしたら捜索は困難、ザムの鼻に頼る他ないだろう、という判断だったが、けっこうあっけなく見つかったらしい。
街道に馬を走らせながら、ザムの吠え声とほぼ同時に、ウィクトルも道脇の不自然に踏み荒らされた雪原に目を留めたということだ。
往復三時間程度で戻ってきたウィクトルの報告を聞いて、こちらで夜の計画を立てた。
ウィクトルの目で四人の戦闘能力を見極めたところでは、ギードという男は多少剣が使えるが、まとめて自分一人で無力化できるとのこと。テティスもそれに同意を示したので、信用して今回の動きとなったものだ。
屋内に入り、縄がけした四人を武道部屋の中央に座らせた。護衛二人と村人たちで協力して、その足も縄で縛り、自由を奪う。
そうしてから、ウィクトルとテティスは並んでその前に立ちはだかった。
「さて、話してもらおうか。お前たちはどういう集団だ? 誰に頼まれた?」
「知らねえな。そんな口の軽い根性なしだと思われちゃ迷惑だ」
ウィクトルの質問に、クルトはせせら笑いで応えた。
聞いて、テティスは剣呑に片目を細めた。
「貴様、自分の立場が分かっているのか? 身動きできない状態で、生きて身体を切り刻まれても何も抵抗できないのだぞ」
「今の王国の法律で、私的拷問は禁じられているということ、ご存知ですかね。へたを打つと、王都で主の男爵閣下の立場がなくなりますぜ」
「なるほど、自分に都合のいい知識にくわしいことは、分かった」
唇を歪めて、テティスは隣の同僚の顔を見た。
ウィクトルも、疲れたしかめ面を返す。
「まあ、法律が王都以外ではほとんど効力を持っていない現実はあるがな。現実問題、拷問など各爵領ではそれぞれの地での裁量任せだ。それは抜きにしても確かにわたしとしては進んで法律違反をする気はない。汚い野郎どものさらに汚いざまを見たいとも思わぬ」軽く肩をすくめて、テティスは後ろを見た。「今夜はもう面倒なので、いつも通りの配置で皆様に休んでもらうことにしよう」
「そうだな」
ウィクトルも頷きを返すのを見て、四人の顔にわずかな安堵が浮かんだ。
しかしすぐ次の瞬間、その表情が一様に凍りつく。