ゾフィーが王都に帰り、さらには船の納品を終えてから1週間が経った。
その間、仕事も進め、納品したり、新たに依頼を受けたりした。
そして、マルティナの勉強や錬金術を見てやった。
「ジークさん、どうでしょう?」
対面のソファーに座っているマルティナが聞いてくる。
俺の手元には歪な形をした銅の塊がある。
「Eランクだな。悪くないと思う。これならハイデマリーも文句は言わないだろう」
そう答えて、銅の塊をテーブルに置いた。
「あ、ありがとうございます。何とか間に合いました」
今日はマルティナがここに来る最後の日である。
というのもマルティナは休日である明日の朝にこの町を出て、王都に向かうのだ。
「物理もまだマシになったし、あとは向こうで頑張れ」
めっちゃ言葉を選んだ。
「ありがとうございます」
マルティナが深々と頭を下げる。
「エーリカ」
「はーい」
エーリカを呼ぶと、こちらにやってきて、隣に座った。
そして、封筒をマルティナの前に置く。
「ん? 何ですか、これ?」
「バイト代。前に出すって言っただろ」
「え? でも、私は何もしてませんし、むしろ、ずっと教えてもらうだけでしたよ」
うん。
「ちゃんと船を作っただろ。お前が加工した木材で作った船だし、お前も制作者の1人だ」
なお、本当にマルティナ号になっている。
「でも……」
「受け取れ。たいした額じゃないし、どちらにせよ、そういう決まりなんだから受け取ってもらわなければ困る」
「わ、わかりました」
マルティナは封筒を手に取り、じーっと見る。
「王都で美味いものを食うか、好きなものを買うかしろ」
「はい……私、初めて、お金を稼ぎましたよ」
「なら親に何かを買うでもいいな」
ギーゼラさんも泣いて喜ぶだろう。
「そうします……」
「とにかく、お疲れさん。時間がないからたいしたことは教えられなかったが、よくやってくれた」
「いえ、そんなことないです。親身になって教えてくださいましたし、船の製造にも関わらせてもらいました。正直、めちゃくちゃバカにしていると思いますが、見捨てずに指導をしてくださり、本当にありがとうございました」
めちゃくちゃバカにはしてないぞ。
普通にバカにしてるけど。
「明日、見送りに行ってやろう」
「大丈夫です。泣いちゃいそうなんで」
ガキなんだから泣けばいいだろうに。
「マルティナ、困ったことがあればハイデマリーでもゾフィーでも何でも頼れ。本部長でもいい。一門なら話を聞いてくれるし、助けてくれる」
「ありがとうございます」
「それともう1つ。辛かったらいつでも逃げていい。店を復興させる方法は必ずしも1つではない。そして、お前が潰れてまでしなければならないことではない。それを忘れるな」
「わかりました」
マルティナが深く頷いた。
もう大丈夫だろう。
「エルネスティーネ、頼んだぞ」
「わかっておるわ。妾に任せておけば問題ない」
心強いハムスターだわ。
「ジークさん、ありがとうございました。エーリカ先輩もレオノーラさんもアデーレさんもありがとうございました。色々とご迷惑をおかけしましたが、王都で頑張りたいと思います」
マルティナが立ち上がって、そう言うと、エーリカも立ち上がった。
そして、レオノーラとアデーレもこちらにやってくる。
「いつでも帰ってきていいからね」
「また釣りでもしようよ」
「この町でやってきたことを誇りに思って頑張りなさい」
「あい……」
泣いてるし……
どっちみち、泣くんかいって思っていると、ヘレンが起き上がり、マルティナの腕の中にジャンプした。
「来月、私達も王都に行きますからまた会いましょうね」
「うん……猫ちゃん、ありがとう」
マルティナはヘレンを抱きしめると、腕で涙を拭う。
「ハムスターの方が可愛いぞ?」
ねーよ。
「マルティナ、またな」
「はい。では、私は帰ります。本当にお世話になりました」
マルティナは頭を下げると、アトリエを出ていく。
「おい……人の猫を取るな」
ヘレンを持っていくな。
「あ、すみません……」
マルティナはヘレンをテーブルに放すと、そのまま帰っていった。
「あいつ、最初と最後でヘレンを持ち帰ろうとしやがった」
「まあ、いいじゃないですか。それよりも私達も帰りましょう」
エーリカに言われて時計を見ると、もう終業時間を過ぎていた。
「それもそうだな。帰るか」
俺達は片付けと戸締りをし、30秒をかけて家に戻った。
そして、エーリカの家で夕食を食べ、勉強会をする。
「エーリカ、ああは言ってたが、明日、マルティナの見送りに行かなくていいのか?」
「やめた方が良いでしょうね。多分、お友達とかが来ると思います」
「大号泣だろうね」
「ずっとこの町にいたんですものね」
あー、友達か。
そういえば、友人と呼んでいいのかは微妙だったが、アデーレが来てくれたな。
もちろん、涙なんて気配すらなかったけど。
「そういうことか。まあ、来月に魚でも持っていってやればいいだろ」
多分、魚シックになってるだろうし。
「それもそうですね」
俺達はその後も勉強会をし、いい時間となったので解散した。
そして、エーリカの部屋を出て、対面にある自分の部屋に戻る……と思ったのだが、ドアノブを握った瞬間に服を引っ張られた。
振り向くと、アデーレが俺の服を握っている。
「何だ? 飲みたいのか?」
「いえ……あ、いや。あなたはしこたま飲んでちょうだい」
あー、あれか。
「ようやく聴かせてくれるのか?」
「ええ。30分後に来て」
「わかった」
俺は部屋に戻ると、本を読みながら時間を潰し、30分経ったのでヘレンを抱えて、部屋を出た。
そして、2階に昇り、インターホンを鳴らす。
『ど、どうぞー』
アデーレの声が聞こえたので扉を開け、中に入る。
すると、ドレスに着替え、ヴァイオリンを持ったアデーレが立っていた。
「準備はできたのか?」
「ええ。ちなみに、飲んだ?」
「いや、飲んでない」
「そう……ワインを出すからそこのソファーにかけてちょうだい」
アデーレに勧められたので奥にあるソファーに腰かける。
その間にアデーレがキッチンに向かった。
「……なあ、なんでドレスなんだ?」
「……私が1人で聞いた時もドレスでしたよ。わざわざ着替えておられました」
確かにアデーレがヘレンを攫っていった時は普通の服だった。
あれから着替えたのか……
「……なんで?」
「……雰囲気っておっしゃっていました」
ホント、その言葉が好きだなー。
エーリカに聴かせる時もドレスなんだろうか?
「お待たせ。まあ、飲んでよ」
アデーレが隣に腰かけると、グラスを渡してくる。
そして、ワインを注いでくれた。
「飲まないといけないのか?」
「素面はちょっと……」
「まあ、飲むけど、エーリカの時は気を付けろよ。あいつ、弱いんだから」
「薄いのを飲んでもらうから大丈夫」
飲ませるは飲ませるわけね。
「お前は飲まないのか?」
「酔ったらミスをする確率が上がるじゃない」
別に気にしないんだがな……
その後もワインを飲んでいくが、アデーレがどんどんと注いでくる。
「飲ませるなー……」
「いいじゃない。お酒は好きでしょ?」
好きだけど……
でも、ドレス姿のアデーレが隣に座って酒を注いでくれると、キャバクラに来たのかと思ってしまうわ。
「まあな……」
「また4人になったわね」
支部長も入れろっての。
「ゾフィーも帰って、マルティナも王都だからな。まあ、4人でやっていこうじゃないか」
「それもそうね。ジークさん、マルティナさんもだけど、ゾフィーさんも気にしてたわね?」
「ちょっとなー……本部長が押し付けてきやがったんだよ。なんで俺なんだよ。ゾフィーと仲良くないっていうのに」
「それ、よく言ってるけど、やっぱり一門の方と仲が良いなって思うわ」
そうか?
「どの辺が?」
「一門の方と話す時だけハイデマリーさんのことをマリーと呼ぶところ。まあ、ゾフィーさんもだけど」
そうだっけ?
意識してないからわからない。
「どうでもいいな。俺もジークだし」
ほとんどの人間がジークヴァルトとは呼ばない。
まあ、長いからなんだけど。
「ちょっと微笑ましかったし、羨ましくもあったわね」
「お前らはお前らで仲良くしろよ」
「もちろん、そうするわ。それにジークさんもね」
そうかい……
「ヴァイオリンはまだか?」
「飲んだ?」
「かなり」
「よし!」
アデーレがボトルを置き、ヴァイオリンを持って立ち上がると、俺の正面に立つ。
「いくわよ」
「どうぞ」
アデーレはヴァイオリンを構えると、演奏を始めた。
ゆっくりと穏やかな音を出していき、音を奏でる。
姿勢の良いアデーレは確かに絵になったし、柔らかい音楽が心地良い。
俺はワインを飲みながら膝の上のヘレンを撫で、アデーレの音楽を聴いていく。
とても綺麗な音だし、見ていて飽きることはない。
そして、短い1曲目を終えた。
「おー、上手いなー」
「お上手ですー」
ヘレンと共に拍手をする。
「そ、そう? ちょっとミスっちゃったけど……」
どこが?
「いやー、お前ってこういう才能もあるんだな。良い音だったし、立ち姿も綺麗だわ」
「ありがと……」
「しかしなー……」
うーん……
実は音楽を聴いていた時から気になっていることがある。
「何?」
「ソファーに腰かけ、ワインを片手に猫を撫でる。そんな男の前にはドレスを着た女がヴァイオリンを弾いている……なんか俺、すごく悪そうじゃないか?」
「悪いわね……悪役そのもの」
だよなー……
「まあ、良いじゃないですか。この場にはあなた方しかおられません。今は御二人で楽しみましょう。アデーレさん、もっと聴きたいです」
「それもそうだな。アデーレ、頼むわ」
「そ、そう? じゃあ、次の曲……」
その後もアデーレの音楽を聴きながら酒を飲んだ。
最初は恥ずかしがっていたアデーレも徐々に調子よく弾きだし、1時間近くは弾いていたと思う。
そして、鑑賞会が終わり、饒舌になったアデーレとワインを飲みながら過ごす。
正直、飲みすぎた感もあったし、若干眠いのだが、アデーレが上機嫌で飲んでいたので付き合うことにした。
まあ、聴かせてくれたヴァイオリンは良かったし、アデーレも楽しそうだから良しとした。
ここまでが第5章となります。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
引き続き、第6章もよろしくお願いいたします。