「ジークさん、こんにちは」
ハイデマリーと話していると、エーリカやレオノーラと話していたマルティナがやってきた。
「よう。ハイデマリーにいじめられてないか?」
そう聞くと、ハイデマリーがデスクの下で俺の足を蹴ってきた。
「そんなことないですよ。師匠はちゃんと教えてくださいます。ただ、私がそれに追いつけないですけど」
「当たり前じゃ。これまで何にもしてこなかったお前程度がすぐにできるようになったら誰も苦労せんわ」
相変わらず、正論を言うハムスターである。
「マルティナ、慌てずにじっくりやれ。今が一番大事な時だ。背伸びしても良いことはないぞ」
「そうじゃ、そうじゃ。お前は基礎がないんだからしっかりとやれ」
「なんか2人の言葉に『バカなんだから』って言葉が付いてそうです」
付いてるな。
「マルティナ、教科書は難しいか?」
デスクの上にあるマルティナが使っているだろう初心者用の錬金術の教本を手に取りながら聞く。
「はい……全然理解できません。なんで皆、わかるんですかね?」
「それはエルネスティーネが言うように積み重ねてきたものが違うんだ。この本部にいる連中はずっと勉強してきて、学校でも上位の成績を収めてきた。ここはそんな上澄みがいる職場なんだよ」
本部にはエリートしか入れない。
「わかります……すんごい場違いですもん」
「そうだな。でも、お前はまだ17歳だし、本来ならまだ学校で勉強している段階だ。だからこの教科書が理解できなくても当然だし、ここにいるお姉さん方と大きく差が開いているのは当然のことだ」
俺は(以下略)
「わかります」
「この基礎の教科書はな、何百年、下手をすると何千年の歴史が詰まっている。人類が自然、科学、魔法を学んでいった歴史の結晶だ。本来、これをゼロから学ぼうとすると、それだけの時間がかかるものなんだよ。しかし、先人達がそれを学問として、後世に残した。つまりこいつだけで何千年の価値がある。お前がリートの学校で習った物理や化学も同じだ。もっと言えば、お前がなりたい薬師なんかその最たるものでその薬学の下には多くの犠牲がある。これを学べることに感謝こそすれ、苦痛なんかに思うな。この教科書がある時点でずっと恵まれているし、こいつを理解するだけで偉大な先人達を超えられるんだぞ」
ゼロから1を見つけることは非常に難しい。
まさしく天才の所業だ。
だが、その1を学ぶのは凡人でもできる。
「わかりました! 一生懸命学びます!」
「今の努力は必ず、お前のためになる。エルネスティーネの言うことをよく聞き、ハイデマリーや姉弟子達から学べ」
今はバカでもこれから学んでいけばいいだけだ。
「頑張ります!」
厳しいハイデマリーの元でせいぜい挫折するといい。
それでお前は成長できる。
「頑張れ。エーリカ、土産は渡したか?」
「あ、これからです。マルティナちゃん、リートから冷凍だけど、お魚を持ってきたよ。お母さんと食べて」
エーリカが木箱を取り出し、マルティナに渡した。
「おー! ありがとうございます! 王都って魚がほとんど売ってないし、売ってても高いんですよね! ウチは半分以上が魚料理だったので恋しかったです!」
やっぱり魚シックになってたか。
「タコも買ってやったぞ」
「私達が選んだ!」
レオノーラが胸を張る。
「ジークさん、レオノーラさん、ありがとうございます。お母さんも喜ぶと思います」
ギーゼラさん、か。
「お母さんは元気か? というか、大丈夫か?」
テレーゼの一歩先を行った人。
「元気ですよ。頭を抱えることもなくなりましたし、笑顔が戻ってきました」
ホント、ヤバかったんだな、あの人……
「ちゃんと飯を用意してくれるぞ」
慣れない王都で苦労しているかなと思ったが、元気そうならいいか。
「エルネスティーネ、頼むぞ。どうもこの母娘は不安だ」
「わかっておる。妾に任せておけば問題ない」
エルネスティーネ、ハイデマリーがいればもう大丈夫か。
「マルティナ、頑張れよ。お前の才なら1級も目指せる。あとはお前の努力次第だ」
魔力だけを見ればそれだけのものは持っている。
「はい! 必ずやジークさんの期待に応えてみせます!」
俺達は用件が済んだので薬品生成チームの共同アトリエをあとにした。
「大丈夫そうでしたね?」
廊下を歩いていると、エーリカが聞いてくる。
「そうだな。あいつはもうハイデマリーのもとでちゃんとやれるだろう」
「ジーク君、頑張ってたもんねぇ……感慨深いものがあるでしょ」
レオノーラが笑った。
「あいつが試験に合格し、一人前になったらそういう感情も芽生えてくるかもな」
あいつはまだスタートラインに立ったに過ぎない。
「いつかとんでもない錬金術師になるかもね。その時はどうするの?」
今度はアデーレが聞いてくる。
「その時はリートに戻っているだろう。非常勤でいいから仕事を手伝ってもらうさ。魔導船もマルティナ号にしてやったしな」
その時はいったいどれくらいの時が経っているだろう?
俺はその時にリート支部にいるだろうか?
こいつらはどうなっているだろうか?
これまで将来のことは出世しているかどうかしか考えてこなかった。
でも、今はリートで変わらない穏やかな日々を過ごしていると良いなと思っている。
こう考えてみると、俺は変わったのか、変わっていないのかがいまいちわからなかったが、変わったんだろうなと思えた。
そして、なんとなくだが、俺にとってはこの道が正解だろうと思った。
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