屋敷に入ると、広いエントランスだが、調度品がまったくなく、少し寂しい感じがする。
「ほー……お屋敷です。広いですね」
「でも、何もないね?」
「綺麗と言えば綺麗なんだけど……」
3人がエントランスを見渡す。
「本部長は物を飾る趣味がないんだよ」
「らしいと言えば、らしいわね」
「ジーク君の部屋もシンプルだしねー」
「感謝状が飾ってありますよ」
飾ったのはお前らだけどな。
「こっちだ」
奥に行き、廊下を歩いてく。
そして、とある部屋の前に立ち、扉をノックした。
「師匠ー、生きてますかー?」
『おー……ジークー……』
声が小さい……
「開けますよー」
そう言って、扉を開けて中に入る。
部屋は6畳くらいの狭い寝室であり、本部長がベッドで横たわっていた。
本当に病人のようで弱っている。
「仕事を頼んでいるのに風邪を引いて、悪いなー……」
「いや、それはいいんですけど、どうしたんです? 師匠が風邪を引くなんて珍しいですね」
「ぜーったいに大臣のバカにうつされた」
そういえば、急遽、大臣に会うことになったってサシャが言ったな。
大臣が風邪だったらしい。
「ご愁傷様です。元気ですか?」
「元気に見えるか? もし、そう見えるなら眼科に行け」
お前が病院に行け。
「ただの風邪ですか?」
「私の見立てではそうだ。薬も飲んだし、あとは寝ていれば治る」
本部長は医学にも精通している。
「そうですか……栄養ドリンクでも作りましょうか?」
「いらん。お前の薬はただただ怖い」
失礼な。
「まだ毒殺するって思ってんですか?」
そんなことせんわ。
「痩せられるけど、即病院に行かないといけなくなるダイエット薬とか作ってただろ」
まあ……
「栄養ドリンクは普通のやつなんですけどね……まあ、薬を飲んだらいりませんか……」
あとは寝るだけだ。
「本部長、おかゆでも作りましょうか?」
エーリカが前に出てきた。
「おー……人の心がわからないジークと違って、優しい子だ。すまんが、頼む。昨日から何も食べてない」
マジかよ。
「エーリカ、キッチンは隣だ」
「わかりましたー」
「あ、私も手伝うわ」
エーリカとアデーレが部屋から出ていく。
「レオノーラ、水差しがあると思うからそれに水を入れて持ってきてくれ。水分補給が大事だ」
汗をかくから水分補給は必須なのだ。
「了解」
レオノーラも敬礼をし、部屋から出ていった。
「お前は良い弟子を持ったなー……きっとお前が風邪を引いた時は至れり尽くせりだぞ」
「私は人生で一度も風邪を引いたことがないし、これからも引かないので問題ありません」
健康管理はちゃんとしているのだ。
「可愛くない奴……」
それは何度も聞いた。
「師匠、カルステンは?」
カルステンは本部長の使い魔の鷲である。
「あいつはなんかクリスのところのヒステリックガラスと旅に出た。数日で帰るらしいが……」
あー、ドロテーのダイエットか。
「こういう時に使い魔がそばにいないのもどうなんでしょうね?」
いつも一緒なウチの子とは大違い。
「鳥の使い魔だから仕方がない。それでジーク、仕事のことなんだが、どんな感じだ?」
寝とけって言いたいが、話しておかないといけない。
「試験問題作成の方は順調ですし、2、3日で終わります。完成したら本部長に渡すので適当に調整してください」
「わかった。普通、数週間はかけるんだぞ」
「あんなもんにそんな時間がかかる奴が俺に問題を出すんですから笑えますよね」
「私も常々そう思っていたが、管理職になると考えが変わった。仕事の合間を縫ってやっているんだからそう言うな」
まあね。
皆、忙しいんだ。
俺みたいに遊んでない。
「わかってます」
「そうかい……杖の方は?」
杖ねー……
「魔石は作成中です。あの、杖本体はどうします? 私がやりましょうか?」
「作ったことないだろ」
「確かにそうですけど、作り方はわかりますし、時間的に余裕はあるので大丈夫です。最後の仕上げなんかはお任せしますが」
「そうだな……杖本体はお前の弟子にやらせろ」
えー……
「9級と8級ですよ?」
「構わん。後で適当に修正するし、根本からダメだと思ったら作り直せばいいだけだ」
まあ……
「あいつらも暇だから大丈夫だとは思いますが、なんでまたあいつらに?」
「優秀と評判のお前の弟子の力を見てみたい」
王太子殿下の杖を作るほどに優秀ではないんだけど……
「期待はしないでくださいね。まだこれからの錬金術師ですから」
ハードルは下げておこう。
「わかっているし、お前基準で評価せん。一応、弟子の弟子のことは気になるんだ。他の者達は皆、本部にいるからだいたいわかるが、お前のところはわからないからちょっと見てみたい」
いくら本部長でも辺境であるリートの支部はさすがに把握できないしな。
「わかりました。ちょっとやらせてみます」
「ああ……気楽にやっていいからあいつらだけの力でやらせろ。最悪は私が1日で作るから問題ない」
まあ、いっか。
「材料は?」
「アトリエにあるから好きに使え」
この屋敷には共同アトリエがある。
もはや本部に本部長のアトリエはないからここでやってるんだ。
「わかりました。師匠はまず身体を治すことに集中してください。マジでもう若くないんですから昔のような無理は禁物ですよ」
この人は平気で徹夜していた。
「そうだな……クソガキだったお前が女を連れて帰ってくるようになったんだもんな」
意味合いが違うがな。
『――おーい、ジークくーん、開けてー』
レオノーラの声がしたので扉を開けてやる。
すると、水差しとコップが置かれたお盆を持ったレオノーラが戻ってきて、ベッドの近くに置いてある丸テーブルに置いた。
「本部長、ここに置いとくんでちゃんと飲んでね」
「ああ……悪いな。レオノーラ、ジークを頼むぞ。こいつはちょっとあれなんだ」
あんたもちょっとあれだがな。
「任せたまへー。男のわがままを尊重するのも良い女の役目さ」
何言ってんだ、お前?
「そうか、そうか……ジークに足りなかったのはこの包容力なんだな」
育てた人間が悪いんじゃないかな?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
コミカライズが更新されておりますのでぜひとも読んで頂ければと思います。(↓にリンク)
よろしくお願いします!