「レオノーラとの縁談はどう思っているんだ?」
「まず、これだけは言っておく。どうこうしようとか、どうにかなろうとは思っていない。本人の意思はもうわかっているし、何よりもお前の弟子で一門なら幸福を願うさ。ましてや才能があるならそっちを伸ばしてほしい。くだらない貴族のしがらみで才を潰すのは天に逆らう行為だろう」
くだらない貴族のしがらみか……
俺はそう思うが……
「お前がくだらない貴族のしがらみと言うか?」
貴族じゃん。
「言うよ。貴族社会はもう終わりだ。ここ数十年で時代は大きく変わった。領地貴族はまだしも王都貴族はそのことをわかっていない。いや、わかっているが、認めようとしないんだ。王都貴族はな……権力がなかったら何も残らない。領地貴族は領地と長年の統治による民の信頼という財産があるからこの先もずっと名士として残れる。でも、王都貴族は何もない」
それは俺も思っている。
貴族なんか権力がなくなれば何の能力もないし。
「クリスは色々と動いているみたいだがな」
「兄貴は能力が違う。上手くやるさ」
まあ、クリスは先が見えている感じがした。
「レオノーラと結婚する気はないと?」
「ないな。可愛い子だと思うし、錬金術師なら話も合うから良いなって思う。でも、本人がそれを望んでいないならねーわ。無理やり結婚しても最悪な家庭の出来上がりだぜ?」
結婚生活なんてまったく想像できないから何とも言えんな。
「その割には気にしていたな? わざわざ空港まで来るくらいだし」
「色々あるんだよ。第一は俺との縁談話のせいで家を出たことだ。それを聞いた時はショックだったぜ。そんなに俺が嫌なんだろうかと思ったし、貴族令嬢が家を出て、良いイメージがわかなかったから罪悪感もあった」
うーん……
「お前のことを知らんのだから嫌もクソもないと思うぞ。それにレオノーラはたとえ錬金術の才がなくてもどうとでもなると思う」
俺と違って人間性もコミュニケーション能力もすごいし。
「そういうのを知らないんだよ。会ったこともないし、話したこともなかったからな。ただ、お前の弟子になったって聞いてほっとした。まあ、逆に大丈夫かって心配になったけどな」
「悪かったな」
よくわからないうちに弟子になったんだよ。
「いや、お前はよくやっていると思う。最初は心配だったが、クリスの兄貴もテレーゼの姉さんもそう言っていた。なあ、お前の中で何が変わったんだ? 綺麗どころにちやほやされて嬉しかったとか?」
何だそれ?
「別に何も変わってない。ただ、出世を諦めただけだ。俺は出世を目指してはいけない人間だったらしい。辺境の地でぬくぬくやっていれば良かったんだ」
ヘレンが言うように俺は人と争ってはダメな人間だったんだ。
「そうかい。俺もそっちが良いと思うぜ。お前は他人に理解されにくい人間だし、理解してくれる人間がそばにいるリートが良いだろう」
リートの人間はエーリカを始め、穏やかだからな。
「なあ、縁談話がほぼ破談状態ってなんでだ? 実は夕方にレオノーラの親父さんとも会ったんだが、似たようなことを言っていた。成立するとは思えんし、もう破談でいいだろ」
その縁談話って結構前のことじゃないか?
「エドガーさんに会ったか……そこが面倒というか、貴族のくだらないところだな。この縁談はレッチェルトの方から持ってきたものなんだ。それなのに向こうが一方的になかったことにしてくれっていうのはこっちのメンツを潰すことになる。だから微妙に揉めてんだ」
揉めているのか。
「お前の両親が怒っている感じか?」
「まあ、バカにしてるのかって感じだからな。ウチは王都貴族だからさっき言ったことで領地貴族と繋がりを持つのはかなりのメリットがあったんだ。それなのにこれじゃあ揉めるに決まっている。でも、強くは言えない。レッチェルトの領地は田舎の港町だが、港町っていうのは儲かるし、領地的に安定していて強い。そして何よりもあそこは色んなところと繋がりがある家だ。その最たる家が多くの軍人幹部を輩出し、現在の軍の最高責任者である元帥閣下までいるヨードル家だ」
アデーレの家か。
「それでも破談しきれてないのは王都貴族の見栄か?」
「そういうことだ。昔、領地貴族は田舎者で王都貴族こそ真の貴族って風潮があったんだ。その名残がある」
なるほど。
しょうもない。
「レオノーラの親父さんと会ったらしいな?」
「平謝りさ。俺は気にしてないが、俺の顔に泥を塗ったことになるからな。レッチェルトは強い家だが、温厚な家だから揉めたくないんだよ」
そんな感じの人だったな。
「これからどうなるんだ?」
「どうもならん。このまま時間が経ち、風化するだけだ。でも、そうなる前に動くとしよう」
「動く?」
お前が?
「今言った貴族のしがらみなんか一発で吹っ飛ぶことがあるんだよ。それは俺達がこの国を支配する魔女の一門ってことさ」
アウグストの家を潰し、この国の魔法使いを支配する本部長(風邪)か。
「どうするんだ?」
「レオノーラはお前の弟子であり、本部長の一門だ。それで解決する。ウチの家はその事実で何も言えないんだ。本部長の子であるお前が奪ったんだからそれに文句を言うようなら本部長に盾突くことになる。あんなことがあった今、本部長に逆らうような家はない。ウチは別にたいした力も持っていない家だからなおさらだな」
「別に奪ってないぞ」
知らんかったことだし。
そもそもただの弟子だ。
「前後関係も事実もどうでもいい。ウチがどう見られ、ウチの親がどう判断するかさ」
ふーん……
「そう話すのか?」
「そうなる。幸い、お前は身内であり、弟分だ。兄が度量を見せたってだけだよ」
それでクヌートの顔が潰れないわけかな?
「貴族のことはよくわからんが、お前がそれでいいならそうしろよ。俺達は所詮、辺境のリートの人間だ。王都の貴族のことなんてどうでもいい」
知らねーよ。
こっちはレオノーラがこれまで通り、リート支部で働いてくれればいい。
「ああ……ジーク、ちょっとレオノーラと話をさせてくれないか?」
「レオノーラと? なんで?」
「確認がしたい。そもそも俺はあの子の意思を聞いていないんだ。まずは話し、その後に親と話す」
まあ、話すくらいなら別にいいか。
「わかった。レオノーラに話してみる」
「頼む。それと悪いが、話をする際には同席してくれ」
「邪魔じゃないか?」
俺、話すことないぞ。
「同席することに意義があるんだ。それに向こうもその方が良いだろう」
2人きりは避けた方が良いか。
「場所や時間に指定はあるか?」
「ない。昼間だったら本部の応接室かアトリエで話すし、夕方以降だったら訪ねてきてくれればいい。そちらの都合に合わせる」
楽で良いな。
「わかった。じゃあ、レオノーラと話して適当な時間に行くわ」
まあ、夕方以降かな。
一応、杖の仕事を任せているし。
「ああ。おかわり飲むか? ちょっと付き合え」
めんど。
そう思いつつもクヌートの酒に付き合った。
そして、遅くにホテルに戻ると、風呂に入って就寝した。
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