支部長室を出た俺達は階段を昇り、2階のアトリエにやってきた。
「ここがアトリエだな。悪いが、個室がない」
「大丈夫ですよ」
え? そうなの? 無理してない?
「そうか……2人を紹介しよう」
俺達は奥にいる2人のもとに行く。
「エーリカ、レオノーラ。アデーレを連れてきたぞ」
「おー、アデーレ! 我が友よ!」
レオノーラが立ち上がり、オーバーなリアクションをすると、アデーレに抱きついた。
でも、アデーレはノーリアクションだ。
「姉妹みたいだな。エーリカ、アデーレだ」
初対面のエーリカにアデーレを紹介する。
「初めまして。エーリカ・リントナーです」
エーリカが持ち前の明るい表情で丁寧な挨拶をした。
「初めまして。アデーレ・フォン・ヨードルです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
エーリカはもういいかな。
「アデーレ、紹介はいらんと思うが、それがレオノーラだ」
いまだにアデーレにくっついているレオノーラを指差す。
「ええ。知っています。レオノーラ、久しぶりね」
「友よ……1年ぶりに会ったのに冷たくない?」
身長差的にアデーレの胸に顔を埋めていたレオノーラが顔を上げた。
「そうだけど、たまに連絡を取っていたじゃない。あなたはオーバーすぎ」
「つれないことを言うなー。おかげでエーリカに浮気しちゃったよ」
「相変わらず、しょうもないことを言うわね」
レオノーラの冗談は昔かららしい。
「アデーレ。お前の席はそこな。レオノーラの隣だ」
決めていた席を指差す。
もちろん、俺の正面だ。
「寮でも隣でしたね……」
「嬉しいくせにぃー」
レオノーラがアデーレを指でつつく。
「嬉しいのはレオノーラだろ。さて、出迎えと案内は終わったな……アデーレ、歓迎会までどうする?」
「どうするって言われましてもね……私の赴任は明日からです」
それもそうだな……
「お茶でも飲むか?」
「うーん……いえ、荷解きをします。寝られるだけのことはしませんと」
「そうだな……手伝おう。ベッドは重いだろ」
さっきそう言ってた。
「あ、そうですね。でも、ジークさんは職務中では?」
「今はそんなにないし、こいつらに任せる」
「いいので?」
アデーレが2人を見る。
「大丈夫です」
「ジーク君は私達の旦那様兼師匠なんだよ」
「へー……ジークさん、本当にお弟子さんを取ったんですね」
アデーレはさすがに慣れているようで旦那様はスルーした。
「勉強を見て、仕事を教えてやっているだけだけどな」
「まごうことなき師弟ですね。ジークさんがそんなことをするなんて信じられません」
そうかもな。
「まあ、やることもないしな。アデーレも見てやるぞ。8級を受けるんだろ?」
「8級……うーん、どうでしょう?」
そのくらい受かれよ。
「時間が微妙か……まあいいわ。でかい家具や道具だけでも設置しよう」
「すみません。ありがたいです」
俺とヘレンは支部を出ると、寮に戻り、アデーレの部屋に入る。
部屋には大量の段ボールや家具が置いてあった。
「どこに何を置くとかは決めているか?」
「ええ。空間魔法でおおまかな場所には置いてありますので微調整をお願いしたいです」
空間魔法は便利な魔法だが、細かい位置に置くのは難しい。
「わかった。そのくらいならできる」
俺達は各部屋に設置された家具なんかを動かしていき、設置していく。
さすがにすごいなと思ったのはベッドであり、かなり大きかった。
そして、すべての設置を終えたので他の荷解きをするというアデーレと別れ、支部に戻った。
支部に戻った時は終業時間1時間前になっており、特にやることもないので本を読みながら時間を潰していく。
「すごい美人な方でしたねー」
エーリカが嬉しそうな顔で頷く。
「そうか? あ、いや、これは失礼か……美人だな」
知らんけど。
「ですよねー。憧れちゃいます」
「お前も美人だぞー」
「その本を読みながら棒読みで言われると、すんごい嘘くさいですね」
まあ、とにかく褒めろって書いてあるし。
「それよりも新規の仕事はまだか?」
やることないぞ。
「ルーベルトさんにこの前会いましたけど、数日以内には依頼を出すって言ってましたよ。あと、ルッツ君も依頼を出してくれるって言ってました」
これは一気に来そうだな……
アデーレがいてくれて助かるわ。
「お前ら、残業はしなくていいからな。それが必要な場合は俺がやる。試験に集中してくれ」
「いいんですか?」
「俺は実務経験が足りないから2級試験を受けられんからな。それにこういうのは助け合いだろう」
なお、二度の人生の数十年間で初めてこの言葉を言った。
「助けられてばかりな気がします……」
「そんなことはないぞ。エーリカにはいつもご馳走になっているし、悪いと思っているくらいだ」
ヘレンも喜んでいる。
「あれ? 私だけ何もしてない?」
レオノーラが顔を上げた。
「お前は……」
あれ?
「ジーク様、レオノーラさんは明るくて場を和ませてくれるでしょう?」
「それだ」
実際、レオノーラがいると暗くなることはない。
「ありがとうよ、猫ちゃん……君の主が25歳を超えても独身だったら私がもらってあげるからね」
「やりましたよ、ジーク様! 天涯孤独を避けられそうです!」
お前がいるから孤独になることはないわ。
「レオノーラ、結婚が嫌で家を出たんじゃなかったか?」
「いや、別に結婚が嫌なわけじゃないよ。でも、貴族の婦人っていうのは婦人会に出たり、色んなところに顔を出さないといけないからまず働くことはないんだ。だから錬金術も諦めないといけない。それが嫌なんだよ」
それほどまでに錬金術が好きなわけだ。
「レオノーラは自分のやりたいことを見つけ、その道に進むことにしたんだな」
「まあねー。ジーク君もじゃないの?」
「俺は出世したかった。でも、この町に来た時点でその目標は絶たれたな」
「出世ねー。悪くはないよ。でも、私が見るにジーク君はもっと基本的なことを大事にするべきだね」
ほう?
「と言うと?」
「君はそこまで偏屈な人間ではない。ただ優秀がゆえに行けるところまで行こうとしているだけだ。それは君ができることであって、やりたいことではないんだよ。君は自分が思うよりもっと単純な人間だね」
「俺って単純か?」
そうなんだろうか?
「そう見えるね。王都で激務に追われていた時とこうやって職務中に駄弁りながら仕事をしている時とどっちが楽しい?」
「それは……今かな」
まあ、仕事せずにナンパ本を読んでいるけど。
「もっと適当に生きなよ。適当は楽しいよ?」
確かに適当なことばかり言っているレオノーラはいつも楽しそうだ。
「ふーん……」
「よし、お姉さんが本当にデートしてあげよう。楽しいことを教えてあげるよ。今度の休みは空いてる?」
「いや、ヘレンのために海で釣りをする予定」
醤油はないけど、刺身にして食べさせる。
「ほうほう! 海か! それはいいね!」
「レオノーラも来るか?」
「任せておきたまえ! 私の実家は港町なんだ!」
へー……
「釣りをしたことあるのか?」
俺はやったことがないから教えてほしい。
「ない!」
こいつ、マジで適当だな……
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