「エーリカ、ここのことは説明したか?」
支部長がエーリカを見る。
「いえ、まだです。これからアトリエに案内しようかと思っています」
「そうか……ジークヴァルト、支部の案内の前に現在の支部の状況を説明しようと思う」
ん?
「状況ですか?」
「そうだ。現在、この支部に所属している人間は4人だ」
は?
「4人? それだけですか?」
いくらなんでもありえない。
田舎とはいえ、その10倍はいてもおかしくないはずだ。
いや、この町の規模を考えると、もっといてもいい。
「そうだ。今ここにいる3人の他にはもう1人しかいない。そいつは現在、出張中だ」
俺も含めてたのか……
じゃあ、昨日までは3人?
ありえなさすぎる。
「一応、確認させてください。私以外の3人は錬金術師ですよね?」
「俺が錬金術師に見えるか? 元軍人で退役後にここの支部長になったんだぞ」
やっぱり天下りっぽいな。
「となると、2人?」
「ああ。そこのエーリカと出張中のレオノーラだ。共に10級になる」
10級……
いや、国家資格を持っているだけでもすごいんだが、10級って一番下だぞ。
そんなのしかいない支部って……
「あの、どういうことでしょう? はっきり言いますが、異常です」
「そうだな。この業界に詳しくない俺でもそう思う」
「何かあったんですか?」
「まあ、簡単に言うと、この町は公務員の錬金術師より民間の錬金術師の方が強いってことだな」
錬金術師というのは民間にもいる。
薬屋や武器屋なんかにもいるのだ。
もちろん、資格がないといけない。
「民間の方が強いというのはどういうことでしょう?」
ちょっと考えにくい。
協会とは規模が違うんだ。
「俺もこっちに来てから知ったことなんだがな、国家錬金術師になるような奴なんて優秀で頭が良い」
「そうですね」
「ジーク様」
あ、いけね。
「そんなことありません。努力すれば誰でもなれます」
「そんな戯言はどうでもいい。10級のエーリカですら才能がある」
「それはそうでしょう。20歳の若さは素晴らしいと思います」
「在学中の15歳で資格を取ったお前が言うと、嫌味にしか聞こえんな……」
そんなつもりはないのに……
事実を言っただけなのに……
「と、とにかく、才能がいるのはわかりました。しかし、それが何だと?」
「まあ、当たり前のことなんだが、才能がある奴っていうのはみーんな、王都なんかの都会に行くんだよ。それこそ9級、8級なんかになる奴はこんな辺境の地を出ていく。残ったのは地元愛の強いエーリカみたいな奴や家業がある連中だ」
そういうことか……
この町に住む錬金術師は協会を選ばないんだ。
それで2人……
「いや、それにしても2人は少なすぎませんか?」
「昨年は10人いた」
10人か……
それでも少ないが、8人も多かったんだ。
「その8人は?」
「北部のでかい町の支部に引き抜かれた。大規模な飛空艇開発があるんだと。それで希望者を集めた」
錬金術師協会は各支部がある程度、独立しており、そういう引き抜き合戦が多い。
「しかし、それでも2人はおかしいです。支部の維持ができません。本部に抗議するべきでしょう」
「したぞ。結果、本部長がお前を送ってくれた」
あ、はい。
「それでも3人は少なすぎです」
「そうだな……その辺りは俺の能力のなさもある。悪いが、俺はこの業界に詳しくないんだ」
軍人だもんな……
そこに期待してはいけないか。
「厳しいですね」
「ああ。だからこそ、お前に期待したい」
過労死が見えてきたな……
「力は尽くしますが、無理なような気がしますよ」
「わかっている。だが、俺には伝手がない。人事もお前に任せるから良いのがいたら引き抜いてこい」
多分、あなた以上に伝手がないです……
人望も……
「ハァ……わかりました。とにかく、やってみましょう。話はそれからです」
「頼む。力はいくらでも貸す。なんかトラブルがあったら言え。解決してやるぞ」
さすがは貴族様。
錬金術師関係では頼れないが、後ろ盾にはなってくれるということだ。
「ありがとうございます」
「うむ。エーリカ、案内してやれ」
「はい。ジークさん、アトリエを案内します」
エーリカがそう言ってきたので支部長室をあとにし、エントランスに戻った。
そして、エントランスを見渡す。
「人がいないから休みなのかなと思ったら2人だけだったのか」
受付、意味ねー。
「はい。皆、いなくなっちゃいました。止めようかと思ったんですけど、さすがに給料が倍と聞くと……」
2倍はすげーわ。
「エーリカは行こうとは思わなかったのか?」
「当時の私はまだ新米でしたし、自信がありませんでした。それにやっぱり地元がいいです」
そう言ってたな。
「そうか……もう一人のレオノーラとやらは?」
「レオノーラさんは自由にやりたいって言ってましたね。この支部って支部長がほとんど干渉してこないので自由なんですよ」
まあ、軍人だしな。
完全にお飾りだろう。
「レオノーラはいつ帰ってくる?」
「1週間後だと思います」
1週間……
まあ、いない者は仕方がないか。
「わかった。アトリエに案内してくれ」
「はい。こちらです」
エーリカが階段を昇っていったので俺も続く。
そして、階段を昇り終えると、ちょっとびっくりした。
何故なら階段のあとは廊下があり、アトリエとなる部屋がたくさんあるのだろうと思っていたからだ。
だが、目の前には廊下も扉もない。
ただ、広い空間に対面形式で2列に並んだ机や作業機械などが置いてあるだけだった。
会社のフロアや職員室を思い出す感じである。
「え? 個室ないの?」
「ないです。ここで皆でやります。もっとも、ここのところは私一人ですけど……」
それはちょっと寂しいな……
ただでさえ、一人は寂しいだろうに、こう広いとより孤独感が増すだろう。
俺も生前の若い時の一人で日を跨いだ残業を思い出してなんか嫌だ。
「まあ、別にいいけどな……なあ、仕事場にヘレンを連れてきてもいいか?」
使い魔とはいえ、イタズラ好きの印象がある猫を嫌がる者は多い。
個人のアトリエがあるなら問題ないが、共同フロアとなると確認しないといけない。
「ヘレンちゃんはとても良いと思いますよ。大人しい子ですし、癒しですよ」
わかってるな、こいつ。
やはり優秀な子だ。
「俺の席はどこだ?」
「どこでもいいですよ。あそこの奥にあるデスクが私とレオノーラさんです」
エーリカはそう言って、フロアの一番奥にある対面したデスクを交互に指差した。
「ちょっと待ってな……ヘレン、どう思う?」
エーリカにちょっと待ってもらい、ヘレンに相談する。
「はい? どう思うとは?」
「俺のデスクの場所だ。今までの俺なら2人から一番遠い手前のデスクにする」
「え? なんでですか?」
「仕事に集中するためだ」
決まっている。
私語なんかせん。
「3人どころか2人しかいないのに離れるんですか? これから協力して仕事をし、支部を盛り上げようとしているのに? ないですよ」
ダメなのか……
「エーリカ、隣でもいいか?」
「はい! ぜひ!」
すげー笑顔……
「ジーク様、これが善です。ジーク様は同じことを聞かれて、『なんで?』と聞き返すでしょう。どちらが好感を持てますか?」
ホントだ……
もし、エーリカが『なんで?』って聞き返していたらめちゃくちゃショックだった。
そりゃ嫌われるわ。
「あのー、さっきからなんでヘレンちゃんに色々聞いているんですか?」
さすがにエーリカも気になっていたようだ。
「ちょっと人間力を上げる訓練中なんだ。気にしないでくれ。それよりも荷物を置いてもいいか?」
「あ、そうですね。どうぞ、どうぞ」
エーリカと共にフロアの奥に行くと一番奥のエーリカのデスクの横のデスクに空間魔法から取り出した荷物を置いていく。
「おー、空間魔法ですか! さすがは5級の魔術師ですね!」
「まあな。学校の皆は魔法のカバンを使っていたけど、俺はそれを買う金がなかったから覚えた」
「すごいですねー」
まあ、楽しかったから苦ではなかった。
魔法だもん。
生前ではおとぎ話に出てくるものだ。
「エーリカの対面がレオノーラか?」
「はい。これで正面と横が埋まりました。良かったです」
俺の正面と右横は空いてるよ。
別にいらんがな……あ、いや、人を増やさないといけないんだった。
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