「ジーク様、起きてくださいよー。朝ですよー」
目を開けると、掛け布団を猫パンチするヘレンがいた。
「ほら、おいで」
掛け布団を上げて誘う。
「にゃー! ぬくぬくですぅ……って違います! 初出勤ですよ!」
嬉しそうに布団の中に入ってきたヘレンがノリツッコミしてきた。
「わかってるよ。起きるわ」
掛け布団をどかし、上半身を起こす。
すると、ヘレンが器用にカーテンを開けてくれたので朝日が部屋に飛び込んできた。
「清々しい朝です。ジーク様の新たなる人生の幕開けに相応しいですね」
「そうだな。大変そうだけど、まずは自分ができることをしよう」
そう言って起きると、軽くシャワーを浴び、朝食を食べた。
そして、準備を終えると、チェックアウトし、支部を目指して歩いていく。
数十分かけ、支部の玄関の前にやってくると、建物を見上げた。
「昨日の話を聞くと、余計にさびれて見えるな」
そこまでぼろいわけではないんだが、なんかそう見える。
「ジーク様を入れても4人ですもんね」
「なー」
玄関を開け、中に入る。
もちろん、そこには誰もおらず、受付も空だ。
「まず、あそこに誰もいないってのがありえんわな」
顔とも言えるのが受付だ。
このままだと本当に運営しているのかと疑ってしまう。
「一応、呼び鈴はあるみたいですけどね」
あるねー……
「まあいい。アトリエに行こう」
「まずは挨拶ですよ」
「わかった」
頷くと、階段を上がり、アトリエにやってくる。
そして、すでに出勤しているエーリカのもとに向かった。
「おはよう」
席につきながら隣に座っているエーリカに挨拶をする。
「おはようございます! 今日はいい天気ですね!」
エーリカは満面の笑みだ。
それほどまでに誰かがいるのが嬉しいのだろう。
「そうだな。初出勤日和だわ。今日からよろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
エーリカが頭を下げた。
「エーリカ、早速だが、今後のことを考えよう」
「はい。まずですが、今の仕事を説明させてください」
「頼む」
「現在、依頼が3件です」
3件……ひっで。
「内容は?」
「軍からポーション30個の納品、役場から方眼紙100枚、レンガ50個の納品です」
しょうもねー……
民間の錬金術師に頼めよ……あ、いや、違う。
これはむしろウチのために作ってくれた依頼だ。
「民間からの依頼は?」
「ゼロです。ここ数ヶ月は1件もありません」
確定……
錬金術師協会の仕事は8割が公的機関からの依頼だが、民間からだって少なからずある。
それがゼロってことはそういうことだろう。
「わかった。その依頼の期限と進捗度は?」
「全部、今月中ですのであと10日です。レンガはほぼできていて、現在、ポーションの作成中になります。方眼紙は……やったことがなくて……」
まだ入って1年やそこらだもんな……
それに……
フロアに置いてある機材を見渡してみる。
「随分と古い機械しかないな。今時、方眼紙なんてスイッチ一つだぞ」
材料を入れたらスイッチ一つでものの数分でできるんだろう。
「そういう機械があるのは知っていますが、ウチにはありません。というか、そういう最新鋭の機械は王都なんかの大都市にしかないですよ」
そんなもんか。
ということは昔ながらの方法でやるわけね。
そんなもん、学校の実習以来だわ。
「わかった。方眼紙の方は俺が何とかしよう。エーリカは残りのポーションを頼む」
「わかりました!」
とりあえず、今の依頼はなんとかなりそうだな。
「じゃあ、次にだが、支部をどうしていくかを決めよう。エーリカ、この依頼が町長のお情けというか、救済であることは理解しているか?」
「え? そうなんですか?」
気付いてなかったか……
いや、エーリカは一人で依頼をこなすだけでいっぱいいっぱいなんだろうな。
「そうだ。依頼がなければ支部が潰れる。それは町長としても協会としてもマズいわけだ。だから適当な依頼をこちらに分配し、とりあえずの体裁を整えてくれているんだろう」
普通は錬金術師が2人だけになった時点でおしまいだ。
ましてや、2人共、10級。
支部としてはとてもではないが、維持できない。
だが、それは引き抜きがあったからであり、一時的なものと考えているのだろう。
「そ、そうなんですか……なんでです?」
「公的機関である支部を潰すわけにはいかないんだ。もし、支部が潰れたらこの町は民間の商業組合が牛耳ることになり、そうなったら価格が急上昇する可能性もある。俺達は金儲けを二の次と考えるが、民間は違う。あいつらは商人なんだよ。町のことより利益を優先する」
当然だな。
「な、なるほどー……」
あんまりわかってないな。
俺の説明が悪かったかな?
あまり説明とかは得意じゃないんだよなー……
「まあ、この辺は俺達が考えることじゃない。支部長……はダメか。町長とか本部だな。俺達はこの支部を立て直すことに集中しよう」
「はい! 具体的にどうしましょう?」
「まあ、わかりきっていることだが、人材不足だな」
それが最大のヤバいところ。
「ですよね……レオノーラさんを入れても3人ですもん」
「支部長は自由にスカウトしていいと言ってくれた。エーリカは知り合いに錬金術師はいないか?」
「魔法学校の同級生はいますが、ほぼ町を出て、都会の方に就職しましたね。残っている人達も昨日、支部長が言っていたような家業がある人達です。とてもではないですが、スカウトはできません。むしろ、ジークさんはどうですか? 王都にいたんですよね?」
うん……
「スカウトは厳しそうだな……」
「あれ?」
「追々考えよう。まずは目の前の依頼だ。方眼紙を作りたいんだが、木材はあるか?」
「あ、はい。上にあります」
3階が倉庫だったな。
「ちょっと取ってくるわ」
そう言って立ち上がり、階段に向かう。
「い、いってらっしゃい…………怒らせちゃった?」
「いえ、実は……」
内緒話をするエーリカとヘレンを尻目に材料を取りに行くことにした。
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