クリスのアトリエの前に来て、ドアノブを握り、引いてみたが、鍵がかかっているようで開かなかった。
「鍵か……当然といえば、当然だな。ドロテー」
「はいはーい」
ドロテーが羽をドアノブに向けると、かちゃりと音がしたので引いてみた。
すると、扉が開いたので中を覗く。
「綺麗にしているんだな」
部屋の中は俺が前に使っていたアトリエと同じ構造だ。
10畳くらいの広さであり、様々な器材や本が並んでいるが、綺麗に整頓されている。
「部屋の綺麗さは心の綺麗さです」
「俺の部屋は綺麗だし、レオノーラの部屋は本まみれで汚いぞ」
あいつ、心が汚かったらしい。
へらへら笑っている笑顔の奥にはどす黒い何かがあるんだろう。
「どうやら私が間違っていたようです」
「だろうな」
「まあ、私もクリス様も綺麗好きなんですよ」
ドロテーがそう言って、デスクに置いてあるとまり木にとまったのでデスクにつく。
すると、ヘレンがぴょんっとデスクに飛び降り、丸まった。
「こういうアトリエで作業するのは久しぶりな気がするな」
「隣にエーリカさん、前にアデーレさん、斜め前にレオノーラさんがいないと寂しいですか?」
ドロテーが笑いながら聞いてくる。
「まあ、そんな気もするな。リートに赴任した頃は個人のアトリエが欲しかったが、今はそうでもない」
「おや、素直。そこは頬を染めながら『そ、そんなじゃねーし!』って言って欲しかったですね」
誰だ、そいつ?
「そんなこと言わんわ。普通に優秀な弟子だと思うし、人間ができた同僚だと思うだけだ」
「良かったですねー」
「まあな……さて、まずはベースとなる剣を作るか」
コリンナ先輩が作ってくれた鉄のインゴットを取り出し、錬成を始める。
「つまんないですね。しりとりでもしましょうか……バーカ」
「カラス」
「ひどい……」
「ひどいのはお前だ」
俺は暇そうなドロテーに付き合いながら剣の錬成をしていく。
そして、そのまま錬成をしていくと、気が付いたら夕方になっており、5時を回っていた。
「もうこんな時間か」
「ジークさんって本当に仕事は100点ですね。しりとりをしながらでも普通に錬成をしてました」
「単純な錬成だからな。ドロテー、俺はホテルに帰るが、お前はどうする? 一緒に夕食を食べるか?」
「いえ、私は家に帰ります。クリス様の帰りを待たないといけませんから」
いや、まだ帰ってこないだろ。
「そうか? 寂しくないか?」
「一人は慣れています」
クリスって悪い奴だな。
「じゃあ、また明日な」
「はい。あ、窓を開けてもらえますか」
ドロテーがそう言って、翼で窓を指したので窓のところまで行き、開ける。
「ありがとうございます。それではお弟子さん3人と楽しい夜を過ごしてください。明日は試験なんですからちゃんとケアするんですよ。あでゅー」
ドロテーが窓から飛んで出ていき、カー、カーと鳴きながら家に帰っていった。
「ちょっと元気なさそうだったな」
いつものおしゃべりカラスではあったが、どことなく暗かった。
「クリスさんはドロテーがしっかりしているから任せたんでしょうけど、使い魔は主のそばでお手伝いをするのが仕事ですからね。あと、単純におしゃべりが好きなカラスですから寂しいんでしょう」
可哀想な奴。
クリスに早く帰ってこいって本部長に伝言を頼むか。
「俺達も帰ろう」
「はーい」
ヘレンがよじ登って、肩に来たのでクリスの部屋を出る。
そして、廊下を歩いているのだが、誰ともすれ違わない。
「皆、残業か……」
「本部はこれが普通でしたね」
俺自身も数ヶ月前まではここで働き、毎日のように残業をしていた。
その時は特に何も思うことはなかったし、評価のために少しでも早く仕事を終わらせるように頑張っていた。
「お前はこっちで送ってきた生活とリートでの生活だとどっちがいい?」
「リートです。賑やかですし、皆さんも優しいですから。それにジーク様が楽しそうなのが一番ですね」
ヘレンがそう言うならそうなんだろう。
「しかし、給料が落ちたな」
この前、明細を見たが、10万エルは減っていた。
まあ、元が高いせいだろうけど。
「いいじゃないですか。家賃も安いんですから」
「まあな」
俺達は階段を降り、本部を出るためにエントランスを歩いていくと、受付が目に入ったので挨拶をして、明日からのことを説明しようと思い、近づいていく。
「ん? あ、ジークさん、お帰りですか?」
目線を落としていた受付嬢が俺に気付き、先に声をかけてきた。
「ああ。何をしているんだ?」
「ええ……こっそり明日の試験勉強ですよ」
受付嬢が錬金術の参考本を見せてきた。
「何級を受けるんだ?」
「10級ですよ。初受験なんです」
そうなのか……
卒業したての子なのかな?
「難しい試験だと思うが、何度か受けていればコツを掴めてくると思うから頑張ってくれ」
「あなた、一回も落ちてないでしょ」
ないね。
「兄弟子にそう教わったんだよ」
鼻で笑ってやったが……
「そうですか……頑張ります。せっかく本部に就職できたんですからね」
「だな。それと明日からクリストフのアトリエを借りて作業をすることになった」
「わかりました。本部長の仕事と聞いていますし、好きに通ってください。明日は休みなんで受付には誰もいません」
試験だしな。
「ああ。じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
別れの挨拶をし、本部を出ると、茜色に染まり始めた街中を歩いていき、セントラルホテルに戻った。
今週は土曜日も投稿します。