ラルシュという女性はエリーザを認識した時よりも驚いていた。
それほどイリス先生が教師になったというのは驚くことなのだろうか?
「ふ~ん、エリーザ第三王女様がいらっしゃるということはバウンス国立魔術学園の第一学年担当ということかしら」
「え、ええ……」
ジロジロと俺たちを値踏みするように見渡しながらそう言う。
「奇遇ね、私はベルトルト国立魔術学園に勤めているんだけれど、今年から第一学年担当になったの。もうすぐ行われる魔術競技会で私の生徒たちとイリスが教えている生徒たちが競うことになるのね」
「い、いえ! わ、私は魔法史担当なので、魔術競技会とはあまり関係がないです」
「あらそうなの。そういえばイリスは魔術がそれほど得意じゃなかったものね。最近落ち目……いえ、失礼。あまり生徒数が確保できていないバウンス国立魔術学園にはよっぽど教師がいないのかしら。そういえばイリスは家柄だけはよかったものね」
「うう……」
「「「………………」」」
エリーザがいるというのにイリス先生に向かって嫌味ったらしく言うラルシュ。
せっかく最近では多少自信を持つことができ、背筋を伸ばしてよい姿勢を保っていたイリス先生がまた猫背になっていく。
そしてイリス先生の態度を見て、ようやくこのラルシュという女性教師との関係が理解できた。
イリス先生は学生時代に女生徒からいじめられていたと聞いている。おそらくこのラルシュもそのいじめに参加していた女性のうちの一人だろう。そういった相手とイリス先生をこのまま話させるのはよくない。
「ベルトルト国立魔術学園の第一学年担当ということは私が教えている生徒たちと競うことになりそうですね」
「あら、あなたは……?」
席から立ち上がり、ラルシュの前に出て軽く会釈をする。
「バウンス国立魔術学園で基礎魔術と防衛魔術を教えておりますギークと申します。魔術競技会ではよろしくお願いします」
「まあ、2教科も同時に担当されておられるとはとても優秀なのですね。ラルシュ=ミシルガと申します。こちらこそ魔術競技会ではどうぞお手柔らかにお願いいたします。浅慮で申し訳ございません、ギーク様のご家名をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、私は平民ですので家名はございません」
「……はあ、昔はあれほど歴史のあったバウンス国立魔術学園が今は2教科も平民が担当しているとは本当にまともな教師がいないのね。バウンス国立魔術学園を選ばなくてよかったわ」
学園で2教科を教えていると伝えたところ、両手でスカートの端を持ち上げ片膝を曲げて会釈をするこちらの世界の挨拶を丁寧な所作で行ったラルシュ。しかし俺が平民だということがわかるとすぐにその所作と丁寧な言葉遣いをやめ、ため息を吐きながらそんなことを言う。
「バウンス国立魔術学園の栄華も今は落ちたものね。それよりも今年神童が入ったというエテルシア魔術学園の方が脅威になりそうだわ」
態度を一変させ、俺の目の前で堂々と相手にならないと述べるラルシュ。
わかりやすいくらいの貴族至上主義者だな。こういった者たちは相手が平民だとわかると、これでもかというくらい態度に出る。
……まあ、まともな教師が少ないということだけは事実ではあるが。
「エリーザ第三王女様、一度ベルトルト国立魔術学園の授業を見学にいらっしゃいませんか? こちらの学園は設備や教師の質で圧倒的に他の学園よりも勝っている自身がございますわ」
俺の横を通り過ぎ、今度はエリーザの方へ進むラルシュ。
バウンス国立魔術学園の教師である俺とイリス先生がいる目の前で堂々とそう言い切る彼女はどれだけ俺とイリス先生を下に見ているのだろうな。
「……いえ、遠慮させていただきます。私は今のバウンス国立魔術学園がとても気に入っておりますので」
淡々とラルシュの問いに答えるエリーザ。
表情は薄らと笑顔だが、多少は付き合いが長くなってきた俺にはわかる。あれは内心では相当キレている状態だ。自分のいる学園を否定されてよっぽど怒っているのかもな。
「それは残念です。もしもバウンス国立魔術学園が廃校になった場合はぜひご一考くださいませ。エリーザ第三王女様でしたら、当学園はいつでも大歓迎いたしますわ。それではそろそろ失礼させていただきます。イリス、また魔術競技会でね」
エリーザにだけ恭しく礼をしてからラルシュはそのまま店を去っていった。