「さて、日も暮れてきたみたいだし、今日はここまでにしておこう」
ちょうど海の向こうに夕日が沈んでいく。こちらの世界の夕日も前世の夕日と同じくらい美しい。
「もっと遊びたかったのに残念です……」
「合宿はまだ明日以降も続くから、その時にしておいた方がいいだろう。それに日が暮れると少し肌寒くなってきそうだ」
夕方まで合宿を行っていたため、日が暮れるまでの時間は1~2時間ほどとなる。
エリーザが珍しく残念そうな表情をしていた。学園では王族の習い事なんかもあって、こうやって同級生と一緒に遊べる時間が少ないのだろう。とはいえ、夜はこの辺りでも冷えてくるので、これ以上は風邪をひいてしまう可能性も出てきてしまうからな。
「そうですね、また明日の楽しみに取っておきましょう」
「明日も楽しみだね!」
シリルとメリアもだいぶ楽しんだようだ。ベルンとソフィアも同様に満足そうである。
向こうの方ではノクスが別の生徒たちと楽しんでいたようだ。
やはりずっと鍛錬をしているよりもこういった気分転換があると精神的にも楽になっているはずである。そして教師である俺たちにとっても生徒たちといつも以上に交流ができ、リフレッシュにもなっていた。まだこの合宿は始まったばかりだが、とりあえず良い滑り出しといったところだろう。
「うう……妾も海で遊びたかったのじゃ……」
俺たちが施設へ戻ると、ひとり寂しく書類仕事をしていたアノンは机に突っ伏して非常に悲しそうな表情を浮かべていた。
……というか、本気で涙を流して悔しがっている。そこまでだったのか……。
「長期休み中とはいえ、学園長であるアノンにはやる事が多いから仕方がないだろ」
やらなければいけないことをこちらでやる代わりにアノンも一緒についてきたようなものだからな。
確かに海を目の前にして遊べないというのは拷問みたいなものだが、こればかりは仕方がない。
「わ、私たちも手伝えたらいいのですが……」
「学園長じゃないとできない仕事は多いからね~」
「新しい教師の手配やもうすぐ行われる魔術競技会での他学園との調整。後期の学園での行事や研究機関で行われている研究など、さすがにそこは俺たちには手を出せない領域だ。忙しいかもしれないが、頑張ってくれ」
実際のところ、前世でも校長先生や副校長先生は見えないところでやることがいっぱいあるんだよ。決して影が薄いというわけでなく、裏方で動き回っているだけである。
現場で生徒たちに教えるのも大変だが、そちらもそちらでやる事は多い。むしろ俺たち現場の教師は授業のことを主に考えていればいいだけなので、考えなければいけないことは管理職の方が多いのだ。
「……弱音を吐いてしまってすまぬ。そうじゃな、これは妾がやらなければならないことじゃ。みなもこれほど頑張ってくれておるのじゃから、妾も頑張らねば!」
そう言いながら顔を上げ、改めて目の前の書類の山へと立ち向かうアノン。
相変わらずそういうところは真面目なやつである。
「あまり根を詰めすぎても逆に体調を崩してしまうから、適度な休息は必要だぞ。書類以外の手伝える部分はこちらでも手伝うからな」
「そうだね、僕も手伝うよ」
「わ、私もできる限り頑張ります!」
「うむ、ありがとうなのじゃ!」
書類仕事は手伝えないが、新しい教師の素行調査なんかは俺やノクスが手伝える。今回の施設のような手配や行事の準備なんかは他の者でも手伝えることがあるはずだ。俺たちもできる限りアノンをサポートするとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
合宿の1日目が無事に終わった。
一応夜も警戒をしていたのだが、合宿の定番である部屋を抜け出すような生徒もおらず、夜は平和に過ぎていった。さすがに昨日は移動の疲れや鍛錬と海でめいっぱい遊んだこともあって、みんな疲れていたのだろう。
「へえ~昨日のご飯もおいしかったけれど、今日の朝食もおいしいね!」
「さすがに食事にも気を遣っているようだな。それに味だけでなく栄養のバランスもいい。研究するために引きこもるなら、こういった場所に引きこもりたいところだ」
「ギークは相変わらずだね~」
そして合宿2日目。
今はノクスと一緒にこの施設の食堂で朝食をとっている。ちなみに教師用の部屋は男女に分かれて2人ずつで俺とノクス、アノンとイリス先生の部屋割りだ。生徒たちは同性で3~4人の部屋割りとなっている。
さすがに有名な施設ということもあり、食堂もここを利用する人の為にしっかりとした料理が出されているようだ。
今日は午前中から施設を使用できるため、昨日よりも長時間鍛錬をすることができるし、エネルギー補給はしっかりとしておかないとな。