「おっと、そうだったな。ユリアスの力は十分に見せてもらった。このへんでいいだろう」
「……そうですね。貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました」
ユリアス本当はまだまだ魔術のことについて語りたいという表情をしているが、状況を改めて思い出し、そう言いながら頭を下げた。今はこちらの学園の指導中で、他の生徒や教師がいる状況だ。
それにしても随分とわかりやすく顔に出るものだな。
「こちらこそ生徒たちのいい刺激になったので感謝する。……というか、あれほどの魔術を披露してもよかったのか?」
「あっ、忘れていました! 本当は皆さんの前であの魔術を使うつもりはなかったのですが……」
……この顔はうちの生徒たちを侮っていたり、煽っていたりするわけではなく、本気で忘れていた表情だな。俺もこれから魔術競技会で戦ううちの生徒の前で本気の魔術を見せてもいいのかと思ったが、戦略とかではなく単に忘れていただけらしい。
「あの、ギーク先生。もしも皆さんのご指導が終わったあとにお時間がありましたら、少しだけでもいいので、お話しできないでしょうか?」
ユリアスがまるで雨の中捨てられた子犬のような目でこちらを見てくる。これはなかなか断りづらい。
「……まあ、遅くなるかもしれないが、少しだけなら大丈夫だ」
「ありがとうございます! 楽しみにしていますね!」
俺がそう言うと溢れんばかりの笑顔で頭を下げるユリアス。そして生徒たちの方を向く。
「本日はいきなりお邪魔してしまい申し訳ございませんでした。皆様と魔術競技会で競わせていただくことを楽しみにしております。貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました」
「……はい、ユリアス様。私の方こそ、魔術競技会でお会いできることを楽しみにしております」
「はい。それではこちらで失礼いたします」
生徒たちを代表してエリーザがユリアスに礼をする。再び俺や生徒たちに頭を下げ、最後まで紳士的な振る舞いをしながら演習場をあとにした。
「「「………………」」」
ユリアスが演習場をあとにして、鍛錬を再開しようと思っていたのだが、生徒たちが俺のことをジト目で見てくる。
いやまあ、生徒たちの言いたいことはわからなくもない。
「おい、先公! 敵であるエテルシア魔術学園のやつに指導するとはどういう了見だ!」
「そうだそうだ! バウンス国立魔術学園の教師だろう!」
予想通りというべきか、ゲイルとクネルが騒ぎ立てる。
先ほど模擬戦のあとにユリアスへアドバイスしたことをあまりよく思わないのだろう。
「どちらかというと、みんなのために模擬戦を受けたのだがな。これから魔術競技会で競い合う相手の実力が直接見られるいい機会だと思ったわけだ。まあ、エテルシア魔術学園の他の生徒が全員ユリアスほどの魔術が使えるとは思わないが。それに他学園かもしれないが、敬意を持って質問してくる相手には相応の礼儀で返すものだろう」
こちらの生徒たちの実力を見られるだけでは少し不公平だと思い、ユリアスの模擬戦を受けた。
そしてたとえうちの学園の生徒でなかったとしても、魔術に興味を持つ若人で敬意を持って聞いてくる相手には相応の態度で示すのが大人としての務めである。
「そうですね、ギーク教諭のおかげでユリアス様の実力を知れたのは良いことだったと思います」
「ええ、シリルさんの言う通りです。悔しいですが、先ほどの魔術は初見で防ぐにはかなり難しいですね。……対策をしたとしても防げるかは怪しいですが」
「確かにエリーザ様の言う通りですわ」
「さっきのはすげー魔術だったしな……」
シリルとエリーザの冷静な分析に他の生徒たちも同意する。ユリアスの水魔術は大規模なものが多かったし、シリルの言う通り初見で防ぐのは強固な防御用の魔術がないと厳しいだろう。
「う~ん、噂以上の魔術だったね。エテルシア魔術学園で何十年に1人の天才と呼ばれているだけあったよ」
「そういえばノクスはユリアスを知っていたみたいだな」
「侯爵家長男であのルックスと実力の持ち主だからだいぶ有名だったよ。噂通り性格もまっすぐで魔術を学ぶことがすごく好きみたいだね」
どうやら他の学園では有名な生徒だったらしい。確かにあの年であれほどの魔術の腕を持っていれば有名にもなるだろう。