「侯爵家の者なのに、あれだけ魔術に興味……というよりも執心があるのは珍しいことだな」
「うん。どことなくギーク先生に似ている気もする」
ソフィアとベルンがそんなことを言う。
「言われてみると、魔術のことに熱中し過ぎて周りのことが見えていなかったのはそっくりですね。まあ、性格の方は随分と違うようでしたが」
「……シリルの言う通りだな。侯爵家長男と言うこともあって、これまで純粋に魔術のことを学べてこられたのだろう」
俺も子供のころは純粋に魔術を学ぶことだけを楽しめていたが、学園に入ると身分などを持ち出してくる貴族なんかからの妨害もあって多少はひねくれてしまったかもしれない。大人になったら大人になったで、面倒なことやしがらみも増える。なかなか純粋に魔術だけを学んだり研究したりすることは難しい。
逆を言えば今の間はユリアスにはひたすらに魔術だけに没頭してほしいものである。親もユリアスのためにこの施設を借りていることだし、魔術を学ぶことを反対はされていないのだろう。
「それにしてもユリアス様の水魔術はすばらしい練度でした。他の魔術はともかく最後の魔術は今の私では防げない可能性が高いです……」
「ふむ、水魔術しか使えないため、水魔術に特化して練度を磨いてきたのだろうな。逆を言えば、使用できる魔術の数はそれほど多くなさそうだ」
多彩な属性の魔術を使用できるエリーザとはある意味正反対だな。様々な状況における魔術の応用力といった面では多くの魔術を使用できるエリーザに軍配が上がるが、純粋な戦闘に関していえば、魔術の練度はユリアスの方が高いかもしれない。
自身を水球で覆っていたのはウォーターウォールの形状を変化させたものだろう。それをムチのように使用していたのも彼が自身で魔術を改良していったのかもしれない。
とはいえ、こうして実際にこの目で彼の魔術を見たことによりいろいろと対策が取れることもある。もちろん生徒たちには自分の力で考えて欲しいし、ユリアスが不利になってしまうので、これ以上はヒントすらも与えないつもりだが。
「最後の魔術は絶対に撃たせるわけにはいかない。それまでに速攻で試合を決めるしかないか」
「で、でも、それまでの魔術もすごかったですよ!」
「それに最初の雷魔術もあの水の盾で防いでいましたね……」
「……ふん、そんなもの数と質でぶち破ればいいだけだ」
ゲイルたちもしっかりとユリアスとの模擬戦を見て分析しているようだ。
特にゲイルは魔術競技会で戦闘の種目を選択するつもりだから、ユリアスと当たる可能性がある。すでに自分と戦う時の想定でいろいろと考えているらしい。最後のリヴァイアサンロアについてはゲイルの言う通り、そもそも魔術を構成させないことが一番の対抗策だ。
強力な魔術の分、あれを無詠唱で発動させることは今のユリアスにはできないことだろう。詠唱中は水の盾の魔術も解除していたようだし、相当な集中力も使うはずだ。前衛なしに実戦であの魔術を発動させるのは至難の業だろう。
「………………」
エリーザも無言でなにかを考え込んでいる。おそらく自分がユリアスと戦う時にどう動くのかを考えているに違いない。
ふむ、ゲイルもエリーザも向上心があって実に結構なことだ。とはいえ、あまり彼だけを意識するのはよくない。
「ユリアスの魔術は実にすばらしかったが、彼だけを意識する必要はない。魔術競技会では他校の生徒もいるし、彼と当たる可能性も低い。この合宿では他校の生徒の対策をするよりも自身の実力を伸ばすことを考えるといい。さて、それでは合宿を再開しよう」
「「「はい!」」」
生徒たちはユリアスの魔術を見てもなお、やる気に満ち溢れているようだ。この施設で学べているということもあるが、俺がこの学園に来てから多くの出来事を乗り越えてきたからだろう。ふむ、実によい傾向である。
「よし、今日の訓練はここまでとする」
今日は朝から合宿を行っていたため、昨日よりも早い時間帯に訓練を終えた。
この施設は時間単位で借りているので、この後は別の団体が使用する予定が入っている。すぐに片付けをしてここから撤収しなければならない。
「このあとは各自の自由行動とする。俺は1時間ほどはこの施設の図書室にいるので、何か質問があればそこでするように」
この施設には大きな図書室があり、魔術に関する書物が数多く収められている。しかも滞在中は本を借りることも可能なので、俺も昨日は夜に部屋で読んでいた。
街には置いていない本も数多くあったので、ここにいる間にできるだけ読んでおきたいところである。
「魔術を鍛えることも大切だが、しっかりと休息をとることも大切だからな。各自でしっかりと休むように」
すでにマナポーションを使用してまで魔術を使っている。魔術は根を詰めすぎたところで成果が出るとは限らない。適度な休息は大事なのである。
先にも生徒たちには伝えたが、改めて言っておかないと無茶をする生徒たちも出てきそうだからな。特にユリアスの魔術を見て、鬼気迫る勢いで魔術を鍛錬している者もいるようだ。