「ああ。とはいえ、俺ひとりではなくもうひとりいたけれどな」
「やはりそうでしたか……」
「た、たった2人……しかも2日で……」
「本当はそこまでするつもりはなかったんだが、今回の誘拐を指示したやつはだいぶ慎重なやつで、いくつかの犯罪組織を経由していたから結果的にそうなっただけだ」
昨日と一昨日、アノンのやつが学園での説明などの仕事を終えたあと、あの実行犯のリーダーの男から読み取った情報をもとに今回の誘拐事件を企てたやつのいるアジトへアノンと共に踏み込んだ。どうやらあの実行犯たちは指示を受けていただけだったようだ。
そしてそのアジトへ踏み込んだはいいが、実行犯から得た指示役の男もまた別の者から指示を受けていただけのことがわかった。さらにその指示役の男に指示をしていた者を確保したところ、また別の者が指示していた。
最初に誘拐を指示したものにたどり着くまで関わりのある犯罪組織を潰していったら、結果的にそうなったわけだ。特にアノンのやつが張り切っていたからなあ……まあ、ああいった犯罪組織に同情する気はこれっぽっちもないが。
「一応はバレないようにしたつもりだが、エリーザとソフィアも他言はしないように頼む」
「承知しました」
「は、はい!」
俺はともかく、アノンは学園長という立場もあるからな。あいつと相談をして、当事者のこの2人だけには話すことに決めた。一応変装はしていたから大丈夫だとは思うが、秘密にしておいてもらう。
「少なくとも今回の誘拐騒動を起こした実行犯はすべて排除した。まあ、第三王女という立場上、他の者に狙われる可能性もあるから油断はできないところだろうがな」
「……ギーク教諭はどうして私たちのためにそこまでしてくれるのですか? 私やソフィアはギーク教諭の授業をまともに受けていなかったのに」
「2人がこの学園の生徒であるから以外の理由はないな。別に誘拐されたのがエリーザとソフィアでなくとも同じことをした。まあ、俺が個人的にああいった金や権力の為に子供を利用する輩が大嫌いだったという理由も少しあるがな」
犯罪組織を壊滅させたのはムシャクシャしてやった。後悔はしていない。
「……ギーク教諭はとても正直ですね。普通の人なら私が第三王女だからとか、お世辞でも私やソフィアが綺麗だったと言うところですよ」
「悪いが俺は普通じゃないんでな。むしろ貴族とか王族とかの方が面倒だ。それに生徒へ手を出したら、あるやつにぶっ殺されてしまう」
「ふふっ、ギーク教諭が殺される姿なんて、とても想像ができませんよ」
そう言いながらエリーザは微笑んだ。初めて見たこの子の笑顔はとても綺麗なものだった。
天は二物を与えずというが、どうやらそれは嘘のようだ。第三王女という身分だけでなく、実力もあって、容姿まで整っているとはな。思春期時代にこんな子が隣の席にいたら一発で惚れていたのかもしれない。
「ギーク教諭、最後にもうひとつ教えていただきたいです。こちらの質問につきましてはお答えいただかなくとも大丈夫です」
「なんだ?」
「ギーク教諭はギル大賢者様の関係者でしょうか?」
「……ふむ、どうしてそう思う?」
「先日ギーク教諭が侯爵家長男を退学に処した際、大変失礼ながらギーク教諭のことを調べさせてもらいました。授業の際は言わなかったのですが、マルセーノ侯爵家へギル大賢者の名によって条件が出されていたことがわかりました」
ガリエルの件か。一応その辺りはバレないように動いたつもりだが、やはり王族の諜報部は優秀だな。
「そしてあの誘拐犯たちを一掃した魔術。私たちの護衛を倒したあの者たちをたったひとりで倒してくれました。ギーク教諭が使用していた紫雷狼という魔術は賢者クラスの魔術師でなければ、使用できない強力な魔術です。ギーク教諭はギル大賢者様から直接手ほどきを受けた弟子というのが私の推察です」
「………………」
いろいろと鋭いなこの子は。どうやら成績が優秀というだけでなく、頭も回るらしい。
……しかし、ひとつだけ分からない。そこまでわかっておいて、俺自身がギル本人であるという発想はないのだろうか?
あまり深く考えていなかったし、バレると思っていなかったから、偽名であるギークはギルと一文字被せちゃったしな。
「ギーク教諭、心配なさらなくとも私はギル大賢者様を害そうというわけではございません」
俺が考え事をしていたのをそのように取ったらしい。
「むしろギル大賢者様にはとても感謝しております。実は私とソフィアは一度だけですが、ギル大賢者様と直接お会いしたことがあるのですよ」
「……んん?」
エリーザとソフィアと会ったことがある? ギル大賢者って俺のことだよな?
全然初耳なんだが?