「それにしても誘拐犯に協力したり、賄賂を受け取ったり、セクハラしたりと、この学園には本当にロクな教師がいないんだな……」
「本当だね。これじゃあ生徒たちが可哀そうだよ」
「本当に面目ないのじゃ……」
「こればかりはアノンのせいじゃない部分もあるからな。それにこれでようやくまともになりそうだぞ。……まあ、まだ一学年だけだがな」
この学園の一学年の教師はロクでもないやつらばかりだった。頼むから他の二学年の教師はまともであってほしいものだ。
「先が思いやられるね。そういえば、もしもグリフォードをクビにするとしたら算術の代わりの教師はどうするの?」
「それについては他の授業よりもハードルが低いと思うがどうだ? もしも難しいようなら俺がやるが」
算術の授業とは簡単に言うと数学の授業である。この異世界では小中学校がないので、四則演算などの基本的な計算ができない者も多い。貴族は子供のころから家庭教師をつけている者もいるが、平民特待生のメリアやベルンはかなり苦労している。
識字率はそこまで悪くなく、文字の読み書きはこの学園に入るための最低限の知識なのはまだ救いだな。
算術の授業は魔術を使用しなくてすむとはいえ、ここは魔術学園なので護身用の魔術くらいは使えないといけない。それでも他の授業の教師よりはハードルは低いはずだ。俺も小中学校レベルの数学なら教えられるぞ。
「うむ、確かに算術の授業の教師を探す方が容易かと思うのじゃ。もしかすると少しの期間だけギークに任せるかもしれぬ……」
「ああ、問題ない。他の授業ならともかく、算術の授業なら負担も軽いだろうからな」
「すまぬが頼むのじゃ」
授業の準備は必要だが、他の授業と違って魔術関連の準備をする必要はないから少しだけ楽だ。前世では小学校から中学校レベルなので、俺の負担もあまりない。
さて、それではグリフォードを探る作戦を考えるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ぐ~すぴ~」
「「………………」」
俺とアノンの目の前にはベッドで横になっている半裸の男がいた。
とても気持ちよさそうにいびきをかきながらぐっすりと眠っている。
「薬だけじゃなくてお酒もだいぶ飲ませたから明日まではたぶん起きないと思うよ。それにしても、この姿でちょっと誘っただけでホイホイとついて来ちゃうんだから、ギル以外の男はてんで駄目だよねえ」
そしてベッドの横にはサラサラとしたロングの金髪の女性が佇んでいる。背が高くてスタイルが良く、長い睫毛の奥からのぞく瞳は、宝石のような輝きをしており、どこか怪しげな色香を振りまいている。
とても顔立ちが整った美しい女性……いや、女性ではない。そこにいる絶世の美女は女装したノクスだった。普段は後ろに束ねている長髪を下ろし、化粧をして女性ものの服を着るだけで、どこからどう見ても女性にしか見えない。
「……本当にノクスなのじゃな?」
「うん、そうだよ~」
アノンの問いに右手を振りながら笑顔で答えるノクス。
アノンがそう思うのも当然だが、こいつはこういったことも得意なのである。しかも俺が王城に行った時のように魔術を使って変装をしたわけでもなくこれだからな。ノクスはよく変装をして情報を集めているのだが、女装をしたら普段のノクスと同一人物とはまったく思えない。
「本当に男ってこういうスタイルが良くて綺麗な女性に弱いよねえ~。悲しい男の性とでも言うのかなあ」
そう言いながら大きな胸に見せかけるための詰め物を外しながら、女装を解いていくノクス。
そしてその様子を見ながら、なぜか自分の慎ましやかな胸元を見るアノン。
「ギルもこういった女性の方が……いや、なんでもないのじゃ」
「………………」
なんとなくだが、アノンの思わんとすることもわからなくもない。女装したノクスはすれ違った男の半数以上が振り返るくらいには美しいからな。
まあ、俺にはそんなことよりも魔術の研究の方が大事だが。
「ぐ~すぴ~」
「それにしてもいくつか作戦を考えていたが、まさか最初の作戦で引っかかるとはな……。まったく、教師としてこれでは仮に何もしていなかったとしても問題ありだぞ」
目の前で寝ている半裸の男の名はグリフォード。魔術学園の算術教師である。
なぜこの男がとある部屋の一室で気持ちよさそうに寝ているかというと、酒を飲んでいたグリフォードに女装したノクスが近付いて誘ったらホイホイと部屋までついてきた。
おだてられて酒を飲んで睡眠薬まで飲んでこのザマである。俺も酒は好きだが、酒に飲まれてしまっては駄目だな。
「さて、今なら問題なく記憶を読み取れそうだ」
グリフォード酔いつぶれさせて眠らせた理由はこのためである。記憶を読み取る魔術は読み取る内容によっては時間がかかるので、こうやって眠らせてしまえばじっくりと確認ができるし、この禁止されている魔術を使ったとしても相手には気付かれない。
本当はこんな美人局のような犯罪に近いことをしたくはなかったのだが、セクハラ被害が本当だとすれば早急に解決したい問題だった。特に思春期の子供相手では一生心に傷を残す可能性もあるからな。