「ギーク先生、ありがとうございました」
「いえ、結局俺は何もしていませんでしたよ。生徒たちに感謝しないといけないですね」
俺が考えた訓練を実際に行ってくれたのは生徒たちだった。生徒たちの言う通り、俺が提案した訓練は生徒たちにやってもらった方が効果はありそうだったからな。
「ええ、本当に生徒たちには感謝しないといけません。生徒たちにも大切な勉強があるのに、その時間を奪ってしまって申し訳ないです……」
「また背筋が曲がってきてますよ」
「ひゃ、ひゃい!」
生徒たちに申し訳ない気持ちがあるようで、また猫背になってきたので注意する。気持ちは分かるが、常に背筋を伸ばすように意識してもらわないとな。
「そこまで気負ってしまう必要はないですよ。特にメリアは少し人見知りする性格なので、彼女にとってもこの訓練はプラスになっているはずです。それに放課後の勉強会にもこういった刺激はあった方がいいでしょう。常に同じ環境で学ぶよりもいろんな経験があったほうが良いですからね」
知識を学ぶというだけであれば、同じ環境で黙々と覚えたほうが良いかもしれないが、若者は学園でそれ以外のことも学んだほうが良い。特にこちらの世界では魔術の知識を学ぶことよりもその使い方の方が重要だからな。
メリアもイリス先生と同じように背筋を伸ばして真っすぐに人の目を見るように意識してきているようだし、良い傾向である。
「そ、そうですか……。私、頑張ります!」
「ええ。一緒に頑張りましょう」
どうやら本人のやる気もあるようだし、悪くない傾向だな。こういった経験を積んでいくことで、多少はイリス先生のあがり症も改善していくはずだ。
とはいえ、効果がなかった時のために別の手段は考えておくとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「こんにちは。今日は僕もこちらの勉強会にお邪魔させてもらいます」
「「「………………」」」
相変わらずキラキラとした背景が後ろに見えるような笑顔だ。イケメンには笑顔が似合うというやつだろう。
「そういえばノクス先生とギーク先生は友人と仰っておりましたね」
「ええ。大親友ですよ」
「暑苦しいからあんまりくっつくな」
いちいちくっついてこようとするノクスを退ける。まったく、こいつは相変わらずだな。
イリス先生のあがり症を克服する訓練を始めてから3日後。明日から就任する新しい算術の教師の素行調査などが終わり、今日は放課後の勉強会にノクスも参加してくれている。
そういえばノクスが参加するのは初めてか。これまではこの学園の教師の素行調査やグリフォードの後始末など、いろいろと動いてもらっていた。……どれだけこの学園の教師が酷かったという話でもあるがな。
「ノ、ノクス先生。今日はよろしくお願いします!」
「はい。お役に立てれば良いのですが」
イリス先生や生徒たちがいるということもあって、いつもの外面の良いモードだ。
「この2日間でいろんなことを経験したこともあって、少しずつイリス先生の上がり症が改善されてきました。今日はよりハードな訓練ということで、ノクス先生にも協力をしてもらいます」
この2日間で背筋を伸ばすことを意識し、視線を合わせて会話をする訓練の他に、深呼吸をしてリラックスをする方法やネガティブな思考をできる限りやめるよう意識することも行った結果、イリス先生の上がり症の症状が少しずつだが良くなってきた。
昨日は生徒の中でも一番ハードルが高そうだった第三王女のエリーザとも多少は正面から会話ができるようになった。
まあ最初はものすごく緊張していて、いつも以上に焦っていたが。俺としてはまったく気にしていないが、普通は生徒であっても第三王女と言われたら緊張するのも仕方のないことだ。
とはいえ、エリーザはあまり身分とかを気にせず、教師であるイリス先生に敬意をもって接してくれたため、最後の方はイリス先生もちゃんと会話ができるようになってきた。
姿勢の方も俺が常に姑のように厳しく指摘することによって改善されてきた。あまりにも細かく指摘してきたから、イリス先生には嫌われてしまったかもしれないが、それで生徒たちの授業が改善されるのなら良しとしよう。
「こうしてちゃんと話すのは初めてかもしれませんね。魔術薬の授業を担当しているノクスです。教師の仕事は初めてで、まだ若輩者ゆえいろいろと教えてくれると嬉しいです」
「は、はい! 魔術史の授業を担当しているイリスです! こちらこそ先輩なのに未熟者ですみませんが、よろしくお願いします!」
ノクスが就任した時にすべての教師に挨拶はしたが、それくらいの関係だ。この世界では教師同士のつながりもかなり薄いし、新任教師の歓迎会のようなものもない。
教師同士の連携も大事だし、教師で行う交流なんかもアノンのやつに提案してみてもいいかもしれないな。