「まだ居場所が特定できないとは、どういう事だ!!」
ミハイル=ロブールが両手を机に叩きつけるかのようにして立ち上がった。
場所は生徒指導室だが、私達が何か問題を起こしたわけではない。
長らく婚約の解消を望み続けた私の婚約者を含む2年と4年の合同グループであるAD9が消えたのだ。
いや、消えたと言うには語弊がある。
転移陣が何らかの不具合を起こして思う場所に転移しなかったのだ。
発覚したのは全てのグループが転移し終わった後。
AD9だけが本来の転移先で確認が取れなかった。
前代未聞の事態に合同討伐訓練は急きょ中止となり、私達は全員が学園に呼び戻され、学生達にはグループ番号をふせたまま説明された後に箝口令が敷かれて帰宅となった。
父であるロブール公爵の代理としてミハイルがこの場にいるのはともかく、本来なら部外者の私がいるのはここが王立学園であり、公女が王家の認める王子である私の婚約者であり、生徒会長という複数の立場にあるからだ。
「落ち着け、ロブール家の。
いつも冷静な貴殿はどうした。
憤ってもどうにかなるものではない」
宥めたのは同じ四公の当主代理としてこの場に赴いたウォートン=ニルティ。
ニルティ家の長男で、次期当主だ。
世代的に異母兄と同世代の彼はいつも飄々とした様子だったように思うが、今は当主代理としてこの場にいるからか、実弟を心配しているからか、それともその両方からか、随分神妙な顔で腕を組んで椅子に腰かけている。
この家の者に多いミルクティー色の髪に先代王妃様の1人と同じ緑灰色の瞳をしている。
つまるところ色だけは祖母様と全く同じだ。
と言っても私はベリード公爵家から嫁いだ王太后様の血を継いでいるから彼と血縁関係はない。
我が国では現国王の実母にして先代国王の正妃を王太后、先代国王の正妃だが子が王の座につかなかった王妃様はそのまま先代王妃様、もしくは前王妃様と呼んでいる。
子や孫にあたる私達直系の王族は王妃の位についた者と血の繋がりがなくとも母や祖母と呼ぶ。
しかし臣籍降下した王族は自身の直接の血縁者でない限り、母や祖母とは呼ばない。
ちなみにニルティ家から嫁いだ先代王妃様の血縁上の息子である2人の王弟の内の1人は辺境侯爵家であるウジーラ家に婿入りしている。
つまりエンリケ=ニルティとミナキュアラ=ウジーラは血縁関係があるという事だ。
そしてペチュリム=ルーニャックとマイティカーナ=トワイラはニルティ家と縁をもつ侯爵家だ。
今回行方不明となった4年生グループはニルティ公爵家との縁故によって組まれたグループだった。
全容がある程度はっきりするまでは、ニルティ公爵代理が4年生グループ全ての親族の代理を務めるとしてこの場にいる。
2年生グループはロブール家を除けば下級貴族や平民の出ばかりであり、それぞれの生家は王都にはない。
駆けつける事がそもそもできない事もあって、ロブール家だけがこの場にいる。
それぞれの四公当主が代理を立てたのは各当主がそれぞれ魔法師団長、政務官長という役柄についており、仕事を抜ける事ができなかった為らしい。
「しかし……」
「転移先の解析結果がもうじきわかるかと。
もうしばしの辛抱を願いたい。
ロブール公爵代理」
事態が事態だけに学園の責任者として早い段階で同席していたグレイカラーの髭を生やした初老の学園長が頭を下げて宥めれば、本音は納得していない様子ながらも拳を戦慄かせながら椅子にドスンと腰を下ろした。
いつもの彼からは考えられないほどに乱暴な座り方だ。
それ程に実妹を心配しているのだろう。
学園長の隣に座る4年生の学年主任もそれを感じたのか、顔を曇らせている。
それにしてもニルティ家の次期当主がミハイルに投げかけた発言。
まるで普段の様子を知っているかのようだったが、2人にそこまでの面識があった事に驚いた。
彼の弟のエンリケとは同じクラスながらも、ミハイルが自分から関わりになろうとした事は私の記憶する限りない。
だが昨日生徒会室で共に話したあの様子から、ミハイルは実妹のラビアンジェに悪意をもって接する者と仲良くするつもりはさらさらないのだろう。
もちろん私も含めて。
全ては私の言動が招いた結果だとはいえ、ミハイルとは公私共に仲を深めたいと考えていた。
それだけに、やはりそうした事に気づくと胸が痛む。
不意に部屋の扉をノックする音が響いた。