「本当に、1度も会った記憶はないか?」
しゅんとしたかと思えば、また顔を上げて、どうしてか食い下がるわね。
「ええ、全く。
どなたかと勘違いされているのではなくて?」
もちろん淑女スマイルできっぱり答えるわ。
あらあら、耳と尻尾が生えていたら下に垂れ下がっていたんじゃないかと思うくらいに、また落ちこんでしまったわ。
これって私のせいなのかしら?
「それよりも随分ぼろぼろですのね。
どうなさったの?
ちょうど火をおこしましたわ。
椅子はありませんから、そこらへんにお座りになって?」
「ああ、そうしよう」
何だか面倒そうな空気が漂い始めたから、話を変えてみたわ。
あえてつっこまなかったけれど、彼の服はあちこち破れているの。
まるで刃物で切り裂かれたみたいに、そこそこの量の血が滲んでいるわ。
傷はもう無さそうだから、腰に下げたマジックバックの中のポーションか治癒魔法を使って治癒させたのね。
やだ、慌てて慣れない転移をして死にそうになったのが見て取れるのだけれど。
お間抜けさんね。
でも逆にラグちゃんが浮遊させていたあの状況でよく転移ができたものだと、むしろ感心してあげるべき?
まだどことなく心が沈んだ感を醸し出しているし、3人目の孫認定よりもズタボロ王子と命名しておきましょう。
「その、美味そうな匂いなんだが、そなたが作ったのか?」
しばしの無言の空気を破ったのはズタボロ王子の方。
「左様でしてよ。
少し多めに作ってしまいましたの。
お1ついかが?」
「良いのか?」
「もちろん」
ふふふ、さっきからチラチラと葉っぱ皿に目がいってるのは確認済みよ。
鞄からフォークを取るわ。
昨日使ったものよ。
蒸らしていたご飯を葉っぱ皿にフォークでよそって、こんがり香ばしく焼けたナマズを乗せて、タレもかけて……。
はい、鰻重もどきのできあがり。
「これは何の肉だ?」
「ナマズよ」
「……そうか」
まあまあ、少し引かれてしまったかしら?
そういえばお米と違って王族がナマズを食べるって聞いた事ないわね?
ベルジャンヌの頃も食べた事はなかったような?
けれどフォークを添えて手渡せば、ズタボロ王子は素直に受け取って、恐る恐るパクリ。
「……美味い」
あらあら、朱色の瞳がきらきらしているわ。
男子らしくガツガツ食べ始めてくれたから、気に入ったのね。
背も高くて体も鍛えているみたいでそれなりの体格だし、足りないかしら?
様子を見ながら更にもう1つ、少なめに残していたご飯で鰻重もどきを作って、私もパクリと一口。
うん、懐かしのあの味ね。
美味しゅうございます。
葉っぱ皿にはあと4切れ残したの。
もぐもぐしながら鞄から小さなフライパンを取り出して、少し多めの油を入れて熱するわ。
がっつき男子にはかさ増しこってり料理よね。
「他にも何か作るのか?」
「ふふふ」
どこかわくわくした様子のズタボロ王子には微笑みだけ投げかけておきましょう。
私もパクリ、パクリとしながら鞄から固くなったパンとチーズを取り出す。
葉っぱ皿に残った蒲焼きの上で小さな風刃を出して、それをまとめて粉々にする。
いわゆる生活魔法に分類されるものよ。
蒲焼きについてたタレでパン粉と粉チーズをまとわせて、フライパンでジュワッ。
揚げ焼きよ。
フライパンは小さいから、1枚ずつ焼くのが少し手間ね。
鞄から更に容器を取り出すわ。
パカリと開ければ、中にはクリーム色でクリーム状の調味料。
お野菜の切れ端なんかをマリネして小さく刻んで、ゆで卵と自家製マヨネーズを混ぜたのよ。
そう、これはタルタルソース!
前世の旦那さんと余ったナマズの蒲焼きを翌日はこうやって食べていたの。
60代の真ん中くらいまでね。
さすがにそれ以降は年のせいで受けつけなくなっていったから、出汁を入れてワサビをそえて食べるようになったわ。
旦那さんは男性だったからかしら?
天寿を全うして亡くなる数年前までは、それでも時々ご所望されたから作っていたわ。
育ち盛りの孫やひ孫は、むしろ翌日の蒲焼きフライ・タルタル乗せが気に入ったのね。
土用丑の日の翌日を狙って、うちに突撃訪問してた子もまあまあいたわ。
ふふふ、前世のわが家の懐かしい夏の恒例行事ね。