「あらあら、ナックス神官。
お久しぶりですわね」
「ええ、3日ぶりですね」
後ろから声をかけてきたのは、3日前に教会へ勧誘してきた上位神官。
山登りがしたかったのか、今日は紫ラインの神官服ではなく、ラフな格好をしているのね。
どうしてこんな所に?
山登りが趣味なのかしら?
何故か一瞬引き気味だったように見えたお顔は、胡散臭い微笑みになったのだけれど、お疲れ?
『おかあさん、このひと、ディアみえてない?
なんで?』
『人が近づいてくる気配には、気がついていたの。
だから私がこっそりディアに魔法をかけて見えなくしておいたのよ。
次からは気を抜かないようにね』
『そっかぁ。
ありがとう、おかあさん』
ディアの頭をナデナデするついでに、幻覚の魔法をかけておいたのよ。
だから遠目には、1人でブツブツ言ってる怪しい奴に見えたはず。
それよりも……はぁ、私の頭によじ登ったうちの子が可愛いの極み!
頭頂部に感じる腹毛に、顔を埋めたい衝動をいつまで抑えられるか、自信が無くなってきたわ。
気を紛らわせる為に、目の前の彼へ意識を集中させつつ、いつもの微笑みを浮かべる。
彼と初対面したあの日は、授業の一環を兼ねた孤児院への訪問実習。
ついでに卒業研究データ収集もするからって事で、泊りがけで来ていたわ。
ちなみに夜は野営訓練でテントを張って野宿よ。
だから私達2年Dクラスは班に別れ、塩害地域であるこの近隣各領の孤児院へ、分散していたの。
私はそのまま滞在して、クラスの半分は集団転移で王都へ帰ったわ。
もちろん監督してた全学年主任である第1王子も。
ラルフ君のように、この周辺に生家がある同級生達は、ついでだからと自宅に一時帰宅した子もいたみたい。
ただ、この辺りの領から王都までが、早くて1週間くらいかかるの。
普通なら週明けの授業には間に合わない。
けれどここから1日かけて向かった先に、転移署という、公共機関がある。
その名の通り、幾つか転移陣が設置されている、転移スポットだと思えばいいわ。
「あの孤児院で、公女がこの山に向かったと聞きました。
あの日、カイ君達は公女の宿泊を楽しみにしていましたが、本当に1人で孤児院に宿泊されたのですね。
帰りは転移署で?」
彼の言うカイ君は、私がゴム作りを教えた癖毛の小さな男の子だと思うわ。
週末は特に用事も無かったし、アイスプラントの一件もあったから、院長に許可を貰って、そのままいつものように孤児院で一泊したの。
当初はとっても申し訳なさげな院長だったけれど、今では慣れたみたい。
小さな子供達が何人か添い寝を希望してくれた時は、皆で一緒のお布団で眠るのよ。
大きめの布団を用意した甲斐があるわ。
昨夜も床にそれを敷いて、小さな子供達と5人で眠ったの。
孫に蹴飛ばされながら眠ったのが懐かしくなったわ。
「ええ、楽しい夜を過ごせましたわ。
帰りは、そのつもりでしてよ」
「恐ろしくはないのですか?
数ヶ月前、学園の事故に遭われたのでしょう?」
「全く何も、感じておりませんことよ」
彼の言う事故とは、この春に私達のグループが蠱毒の箱庭へ転移した件ね。
あの時は設置した転移陣に悪魔が干渉したから起きたの。
当然だけれど転移署の転移陣には、そんな干渉ができない仕様になっているわ。
私がベルジャンヌ王女だった頃に開発されたとされるその仕様は、干渉した途端、陣が消失しちゃう仕組みなの。
ただし徹底管理してある秘匿事項だから、王立学園であっても、情報入手はできない。
だからかしら。
この転移陣の利用料金がぼったくりレベルに馬鹿高い。
私が普通に使うなら、前世価値にして70万円くらい払わなきゃいけないもの。
もちろん前世であった団体割引なんて無いし、1人ずつしか通れないから、普通に転移魔法が使える私からすると、不便ね。
けれど王立学園の在校生かつ、学園があらかじめ認めた生徒は、前世価値にして1,000円くらいで使用できるの。
後は冒険者。
登録した冒険者ギルドが認めれば、前世価値にして5万円くらいで使用可能よ。
「そうですか。
このまま帰りに、お茶でもしませんか?
もちろんロブール邸までお送り致します」
まあまあ、これはもしや今世初の、ナンパというやつかしら?