「致しませんわ」
けれどきっぱりお断りよ。
若者のナンパに付き合うほど暇ではないもの。
あら、今の私はもっと若者だったわ。
「どうか、そう仰らず……」
『おかあさん、隊長のにおいする!』
神官のナンパな発言はなおも続くけれど、それより頭のディアが嬉しそうに教えてくれた事が気になるわ。
瞬時に索敵を展開。
もちろん目の前の神官は避けておく。
この神官の魔力的には実力が悪いとは決して思えない。
万が一気づかれると、うっとう……ね?
あらあら、誰かが中型の魔獣に出くわしたみたい?
この人は貴族かしら?
平民よりも魔力が高いわ。
かといって全く知らない魔力だから、王立学園の学生では無さそうね。
もちろん在校生全員を覚えているわけでは無いのだけれど。
それにしても困ったわ。
こちらへ全力で駆けてくる。
あら、ドレッド隊長も?
ディアったら、離れた距離の相手を嗅覚で嗅ぎ分けるなんて、天才か!
人、隊長、魔獣の順に追いかけっこ?
というか、隊長は何をやっているの?
ふむ、と考えて、少し状況を整理する。
魔獣は危険度Cだから……そうね、きっと遊んでいるに違いないわ。
主に隊長が。
これなら先頭の人は、大怪我まではしなさそう。
魔力的には、落ち着けば自分で狩れるレベルよね。
きっと……多分?
こちらに向かって来る何者かは、速さからして、身体強化や追い風効果を使っている。
ここに辿り着くまであと10分くらいかしら。
『追いかけっこを楽しんでいるみたい。
そっとしておきましょうか』
『おいかけっこ!
ディアもいってきていい?』
『いいわよ。
食べられそうな魔獣なら、狩ってきてくれる?
危なかったら、隊長に助けてって言うのよ』
『は〜い!
ディアがんばって、おいしいごはん、もってかえるね!』
はぁ、もう、うちの子天使ね。
頭頂部に感じていた腹毛が、一瞬で消えたのは残念だけれど、可愛らしいお返事にメロメロよ。
もちろんディアの実力的には、何も問題ないわ。
仮にも聖獣様だもの。
もしもの時は丸くなって転がっていれば、傷なんてつけられっこないレベルの魔獣よ。
「公女?
あの、聞いてますか?」
そういえばこの神官、ずっと何か喋っていたような?
「ああ、ついうっかりお返事を忘れておりましたわね。
そろそろ行く所がありますの。
それでは、失礼しますわ」
「え、ちょっ……」
そのまま坂道を引き返す。
早くここを離れないと、巻きこみ事故に遭遇しちゃう。
慌てたように私の後ろをついてくるけれど、何がしたいのかしら?
今度は登りになった傾斜を、急ぎ気味で上がり始める。
「は、早い?!
身体強化?!」
え、何を言っているの?
そんな事しなくとも、周りの木の枝なんかを使って登れば、60度いかないくらいの傾斜よ。
問題なく登れるわ。
「普通に肉体を行使しているだけでしてよ。
この程度の傾斜、Dクラスなら実戦訓練でよく出てきますの」
「あの、少し待って下さい。
前に出て手を差し伸べますから……はあ、はあ……」
「必要ありませんわ。
息も上がってらっしゃるし、むしろナックス神官が身体強化されてはいかが?」
「いえ、淑女たる公女が……はぁ……普通に……はぁはぁ……登っているのに……ふぅ……男の私が……使う……わけには……はぁ……ゴホゴホッ」
この人、何の意地を張っているの?
息が上がり過ぎてむせ始めたのだけれど……。
「長く神官をされているなら、体がなまっているのも仕方ありませんことよ」
教会の外に上位神官が出る事なんか稀でしょうし、お布施の額にケチをつけて、そもそも出ないなんて選択をしちゃう教会ですものね。
ハリケーン被害が甚大だったこの地域に、理由をつけて来なかった事、忘れてないわよ。
「はぁ、はぁ、ええ……ゴホ、面目ない」
……素直にへこたれてしまったわ。
もう意地悪を言うのは止めましょう。
若者を虐める趣味はないもの。
「ほら、あと少し。
最後まで気を抜かずに頑張って」
「は、はい……ふぅ、ふぅ」
少しスピードを緩めて登ってあげれば、最初にディアといた山道に出る。
といっても、整備された道ではないのよ。
「さあ、このまま向こうに下りましょう」
思ったより時間が経ったわね。
そのせいかしら?
__ひぃぃぃ〜。
遠くでこだまする悲鳴が、それとなく耳に入ってきたの。