「っぶね」
ヘイン様は尻もちをつきながら、元いた場所にいきなり突進してきた白い兎を見やる。
頭に角の生えた一角兎で、もし美女が彼のお尻を蹴っていなければ、あの角で間違いなく刺されていたに違いない。
「ヴァルァ!
ヴァルァ!
ヴァルァ!」
「「「グォン!
グォン!
グォン!」」」
__ヴォン!
__ヴォン!
__ヴォン!
魔獣達の攻撃は尚も続いている。
けれど、とふと疑問が浮かぶ。
どうしてこんなにも最初から攻撃的なの?
こちらから何かしたならわかるけれど、ここは郊外とはいえ、人が行き来する場所。
あのバシリスクもそうだし、種族の違う複数の魔獣が同時に襲うだなんて、あり得ない。
それに音波狼も兎熊も、1度狙いを定めると、他を全く気にしない集中ぶりに、異常さを感じる。
「やっだー!
兎熊じゃない!」
そんな中、嬉々として叫んだ美女の声で我に返る。
美女は角で刺そうとする兎に、狙いを定められている。
この兎も、もうヘイン様には目もくれない。
けれど突進する兎を余裕の表情でヒラリ、ヒラリと躱しつつ、スカートのスリットの中に手をやる。
チラリと現れる細く、引き締まった足が、大人の色気を醸し出しているわ。
そこから取り出した短刀を鞘から引き抜くと、兎熊の方へと素早く投げた。
「ヴァルァ?!」
兎熊の長い耳にサクッと刺さる。
「ヴルルル……ヴァルァ!
ヴァルァ!
ヴァルァ!」
「……いや、私ではないだろう」
何を思ったのか、公子を見て唸り、攻撃の速さが増す。
しかし流石四公の公子。
相変わらず何かを思案しているけれど、余裕で防いでつっこんでいるわ。
「チッ、コレじゃなかったか」
そんな舌打ちする美女に、内心、だったらどれ、とつっこんでしまったのは秘密。
「ちょっと、いつまで転がってるのよ!」
「うわ?!」
跳んできた兎の角を鷲掴みにした美女は、ヘイン様に……兎を投げた?!
驚いたヘイン様だけれど、魔法で水球を出して兎をキャッチ。
そのまま、その中に沈める。
その中で苦しそうにもがくのは可哀想だけれど、襲われたのは彼の方だもの。
「ほら、さっさと囮になんなさい!」
「ゲッ?!
マジかよ?!
クソッ」
美女に捲し立てられ、悪態を吐きつつも、慌てて立ち上がる。
そんな、危ないじゃない、なんて、これまた内心で美女を批難。
「まて、下手な攻撃をするな!」
すると、何かを考えていたような素振りだった公子がハッとした顔になる。
やっぱり何かを考えていたのね。
「肉を損ねる!」
……ん?
でも、え、肉?!
何を言ってるの?!
でもあの魔獣の肉は硬いし美味しくないって……。
「あら、わかってるじゃない。
ほら、さっさと注意そらしなさいよ!」
「ひでぇ?!」
せっかく立ち上がったヘイン様のお尻が、また美女に蹴られた。
でもその絵面が……何かの琴線に触れて、そんな自分に内心驚く。
けれどこちらに集中していたはずの音波狼の1体が、ヘイン様の方向へと飛び立とうとした?!
さっきまで、一点集中していたのに?!
結界横の低木が弾け飛んだ時に舞った、土埃を風と土属性の魔法で巻き上げつつ、集めてピンポイントに3対の赤い目を同時に狙う。
良かった!
結界の中からでも、攻撃できるのね!
「「「ギャウ?!」」」
目潰しまではいかないけど、痛みは与えられたみたい。
バサバサと羽を動かし、空中で体をくねらせてのたうつ。
「「「グオオオオン!
グォン!
グォン!
グォン!」」」
__ヴォン!
__ヴォン!
__ヴォン!
けれどそれも少しの間の事。
兎熊と同じく再びこちらの結界への攻撃が激しくなる。
もちろん成り行きに任せているかのように、終始無言でいる王子の張った結界は、揺らがないから、これで良いのよ。
__バシャバシャバシャ!
突然の水音に、公子の方を見やる。
ずぶ濡れの兎熊の近くには、ヘイン様?!
一角兎は……水球の中でビクビクと体を痙攣させていた。
「ヴルルル……」
__ヒュッ。
「ヴァ……」
ヘイン様の方へと向き直り、唸り声を上げて新たな獲物へと襲いかかろうとした、その時……。
__ボン!
短刀が兎熊の頭に刺さり……頭が弾け飛んだ?!
「そうそう、これこれ。
当たりみたいね」
「「…………その短刀……」」
当たりって爆破するの?!
驚いていると公子と王子の、どこか引いたような声が重なった。