「ほら、さっさと吊るして血抜きよ!」
「ちょっ、まだ音波狼が……」
頭が爆発して倒れた兎熊をビシッと指差し、命令する美女。
ヘイン様はタジタジで、正直ちょっと……記憶に残る男らしい印象が崩れそう。
狼達には繰り返し土埃をかけているけれど、そろそろ効果は切れるかもしれない。
公子は魔法を解いて、鞄からロープを取り出した。
ヘイン様に声をかけて、それを手渡すと、美女に向き直る。
「もしやアレも食べるのか?」
「あっちはこれからよ!
あの翼、美味しいのよね〜」
どうして食べる方向に……。
美女もノリノリで答えているけれど、音波狼のお肉じゃなくて、翼なの?!
翼は確か素材にはできるけれど、食用じゃなかったような?
「ほう、翼。
もしやと先に殺さずにおいて良かったようだ。
調理は、公女が?」
「……ふ、普通に声かけてくるのね。
ええ、公女に預けておけば、何かしら美味しくなるのよ」
普通にってどういう事かしら?
最初の戸惑いがちな言葉は、小さな声だったから私以外聞こえていないはず。
「王子と彼女は面識が?
やはり彼女は妹の方とは知り合いなのか?」
「あー……まあ、色々?
師匠、あ、いや、あー、まあ、そっちも色々?」
私も公子と同じ事が疑問に感じたけれど、ヘイン様は歯切れの悪い口調ね。
ヘイン様と美女との関係の方が気になるのは、胸に留めておく。
今の私には詮索する権利なんてないもの。
「とりあえず、後で話しましょう。
何でこんな所で勢ぞろいしているのかも気になるわ」
そう言うと美女がこちらを向き、スリットの隙間に手を差しこめば……見たことのあるグリップね?!
え、まさか……。
「オネエ様とお呼び!」
全く何の羞恥もなく、叫ぶ。
突然、何?!
……オネエ様……いえ、お姉様、よね?
違う意味に聞こえたような?!
__パシン!
しかもグリップからは、やっぱり本日見たばかりの、青紫色のしなる鞭?!
「ユスト!」
「はぁ……その起動ワード……アイツの趣味全開だな。
まあいい、ほら」
「「アイツ……」」
大男が美女の後ろからぬっと出て来た?!
赤茶の短髪に、焦げ茶色の瞳。
左眼のあたりに、四本爪の傷痕……恐すぎる!
盗賊?!
大男は顔をヒクつかせたヘイン様や、王子と公子の呟きは全く気にしていない。
それよりアイツって誰の事かしら?
王子と公子はわかっているように呟いていたけれど?
大男は片膝を地面につけて屈むと、両手を組んで前下方へ突き出した。
「ほら、やれ」
何をやるの?!
と思うものの、街角で出くわしたら泣いてしまいそうな顔がニヤリと愉悦に歪んでそんな事はすぐに霧散してしまう。
彼はもしかして、殺人鬼?!
けれど鞭をしならせる美女の前で、跪いてからの、そのセリフ……何かしら……違う扉が開きそう?!
__パシン!
「覚悟なさい!」
だから、何を?!
美女はパシンとやった弾みで、引き寄せた鞭を手元で弛く輪っかにして纏めつつ、走ってヒールのある靴で男の組んだ手を踏みつけ、身を屈める。
何かしら……やっぱりその光景が……。
「おりゃ!」
気合いの言葉と共に、男はその手を上に上げつつ、立ち上がって伸び上がる。
多分、魔法で身体強化をした。
美女は体が投げ出される直前で、男の手の平を蹴って宙高く跳躍し、結界を飛び越え、狼の頭上で鞭を素早く動かす。
「ギャウ?!」
まだ目が埃にやられてダメージが消えていないのと、上からの死角攻撃で、まずは1体の片翼が、根本からもげ落ちた。
ドサッと地面に落ちる。
「おらぁ!」
「ギャウ!」
いつの間にか大男は移動していた。
両の拳のあたりに金属製の……確かあれはメリケン、とかいう暗器のようなものをはめ、その拳で正面から豚鼻を正拳突き。
更に美女は、宙にいた内の1体の翼も鞭で弾いてから、蹴り落とした。
ドサッと落ちた目線の先に、泡を吹いた仲間の惨状か、それとも大男の鬼迫に恐怖したのか、四つ脚で立ったものの、尻尾を丸める。
「フン!」
「ギャン!」
そんな狼の脳天に大男は、拳を炸裂。
片翼のない狼共々、地面に沈んだ。
更に美女はいつの間にか、空中に留まる狼の背に跨がり、首の皮を掴めば、ひと言。