「女王様とお呼び!」
全く何の羞恥もなく、再び叫……え、今度は女王様?!
すぐここに本物の王子がいるけれど、良いの?!
小説で言うところの、キメ顔っていうのをリアルで拝んだ気が、もの凄くする!
__バシン!!
「キャウン?!」
振り落とそうとする狼を意に介さず、バランスを取る美女の手元では、長くしなる鞭が一変。
先が房のように別れた鞭に変化して、後ろ手に音波狼のお尻に近い、腰の辺りを打つ。
「躾けてやるわ!」
でもこれはこれで、違う絵面……いい!!
この見下したような、支配者的なダークグレーの瞳!
魔獣に跨がった事で、スリットからのぞく御御足!
全てが絶対的色気に繋がって、妖艶さがたまらなく……いい!!
__バシン!!
「キャウン?!」
「ほらほら、私が御主人様よ!」
御主人様!
ああ……何というパワーワード!!
でももし……もしも、だけれど……魔獣がヘイン様なら……。
四つん這いで、鞭打たれる……キャッ。
思わず両手で顔を隠すけれど、指の隙間からついつい彼を盗み見てしまう。
師匠と呼ぶ美女に指示された通り、身体強化した彼は、頭の無い魔獣に公子から受け取ったロープを結んで、引きずって行く。
きっとアトリエの方に運ぶのね。
行きすがら、チラチラと美女を見ている様には、ほんの少し嫉妬する。
彼はそれとなく豚鼻の狼の方にも、目を向けているけれど、絶対彼女を意識しているわ。
だって私と同じ色の瞳には、怯え。
そして狼を見る時には……ほの暗い羨望が垣間見える。
もしも……美女が私で……私を……そんな風に見てくれたなら……はぁ……堪らなく……快か……あら?
突如王子が結界魔法を解除して、私と距離を空けた。
それもこちらに体を向けたまま、ザザッと音を立てて素早く後退。
私、何かしたかしら?
何故だか心なしか、顔が引き攣っている?
よく見れば、こちらへ来ようと歩を進めた公子も……目が合った瞬間、思い切り逸らされて、立ち止まった?
「おい、アレ……」
美女が狼の頭に鞭を打って気絶させたタイミングで、大男がその隣に並び、私を見ながら話しかけた。
彼の右手には、短刀が握られている。
向こうにいた狼は、呼吸を止めているから、とどめを刺したみたい。
返り血も無いなんて、捌き慣れている。
やっぱり猟奇殺人鬼なんじゃ……。
「「同類よね(だよな)」」
美女と一緒に囁き合う声は、とても小さいけれど、もちろん聞こえてくる。
同類?
私と何かがそうだと言いたいのよね?
私に視線を向けているもの。
「あー、まあ、なんだ。
とりあえず一旦、全員を案内してくれ。
俺は捌き終わったら……」
「話の腰を折るようで申し訳ないが、確認しなければならない事ができたから、すぐにここを離れる。
君達は、妹の知り合いなのだろう?
その肉は、後で妹に調理を頼むのか?」
公子は殺人鬼が美女に頼もうとした話を遮る。
それも当然よね。
バシリクスと共に消えたロブール夫人の行方を、次期当主として追わなければいけないはず。
あの黒い靄から生まれた、黒い少女らしい何かは何だったのかしら?
シルエットだけだった少女には、王子も公子も心当たりがありそうだったし。
でも、お肉を……調理?
美味しくないはずのお肉に、素材にしかならなそうな翼よ?
「……後で公女に頼もうと思っているが……礼を失していると?」
しかも調理を公女に頼む?!
それは確かに、同じロブール家の公子として見過ごせないのも頷ける。
いくら殺人鬼でも、四公の公女なのよ?!
それこそ不敬に……。
「違う。
その……私も欲しがっていると言伝を頼みたい。
食材になるのなら、翼の方も」
そっち?!
公子で次期当主も公認?!
それにどことなく頬を染める様は……薔薇!
「俺のも頼みたい」
ここでまさかの王子も参戦?!
ずっと無表情だったのに、目元が緩んでいるですって?!
2人の美男子の並ぶ様は、まさに2輪の薔薇!
そして向かい合う猟奇殺人鬼……何なの、このシチュエーション!
「……わかった」
殺人鬼は了承すると、薔薇達はすぐに踵を返して去って行った。