『「あははははは!」』
頬に感じる風が、潮の香りが、気持ち良い。
「やっと力を取り戻したわ!」
『やっと新しい体を得たわ!』
心を支配する殺意と高揚感に突き動かされるように、海の上で叫ぶ。
あの時、裏切り者の息子達と対峙した時、本能に突き動かされるように、魔獣達を呼んだ。
それが私か、この真っ黒な人の形をした何かの力だったのかは、わからない。
けれど正直、そんな事はどうでも良い。
1番に現れたのが、このバシリスク。
大きな足を打ちつけるようにして、水面を猛スピードでひた走る。
急な坂道を下りて、突然海に向かい、砂浜から水の中に突っこんで行った時は、驚いた。
まさか水上を走れるだなんて。
魔獣の手に鷲掴みされている格好なのは、我ながらいただけない。
けれど今は仕方ないわ。
〘(今なら何でもできそうね!)〙
まるで頭の中に響くような声は、自分の感情なのか、何かの思考なのか。
『「殺してやる!」』
けれど耳にするのは自らの澄んだ声と、何かのブレたような声。
(全ての元凶である叔母を!)
〘認めなかったお祖父様を!〙
そう、何かが狙うのは義父様なのね。
密かにそう思ったのは、私だけみたい。
『「あははははは!」』
互いに笑い合う。
魔力を使いこなせると確信してから、この真っ黒な人の形をした何かが現れた。
漂いながら、今は背後から私の首に腕を回している。
自分の意識や声以外も感じたり、聞こえてくるようになったのは、それとほぼ同時。
それらはこの何かの物だと確信している。
この黒い何かは、憎悪と殺意にまみれている。
でもそれを恐ろしく感じたり、引き剥がしたくなったりはしない。
だって嫌いじゃない。
むしろ好ましいくらい。
それはきっと、度重なる子供達の裏切り行為で、自分の心が憎しみに染まったからかもしれない。
今も、お腹を痛めて産んだはずの母親を裏切った子供達にも、戸籍上の夫にも、叔母にも憎しみは増していく。
そうなる程、指輪から供給される魔力が、大きくなっていく気がするわ。
うっとりと、桃茶色の指輪を見つめながら、再び感情の衝動を感じる。
もしかしたら、あの娘__シエナから私への、餞別なのかもしれない。
この指輪の色は、まさにあの娘の髪色だもの。
それに……チラリと後ろを見やる。
この黒い何かのシルエットは、シエナそのもの。
「ねえ、シエナ?」
『なあに、お母様?』
ブレた声が返事をする。
「ああ、やっぱりシエナなのね!」
『そうよ。
ねえ、お母様。
後でお義姉様も、殺して良いでしょう?』
以前は時々煩わしいと感じさせた、強請る時の口調も、今は可愛らしいと思えるから、不思議ね。
「もちろんよ!
あんな出来損ないは、死んで当然よ!」
『嬉しい!
お母様は、私を愛してくれているのよね?』
「もちろんよ!
私の娘はシエナだけですもの!」
『うふふ、良かった。
私が側に居て、喜んでくれるのね!
お母様は、ずっと一緒に居てね?』
「嬉しいに決まっているわ!
これからも一緒にいましょう!」
『うふふふ』
黒い口元がニタリと、何となく歪んだように見えた。
〘約束よ〙
そんな言葉が、頭に直接響いた気がした時、シエナの輪郭が薄れ、シュルリと指輪に戻って行く。
「痛っ」
指輪が締まったように見えた途端、チクリと痛みを感じて思わず声に出した。
左手の中指と指輪に触れる。
クルクルと回して見るけれど、特に変わりはない。
一瞬、外してみようかと思って、バシリスクの手の中だった事を思い出して、止める。
外したら魔法が解けて、襲われてしまうかもしれない。
海中に沈む可能性だってあるもの。
「ふふふ、確かこの海の向こう側が、叔母夫婦のいる領だったはず。
まずはこの魔獣に襲わせるか……ああ、他にも魔獣をけしかけてやろうかしら」
恐怖に引きつる叔母の歪んだ顔を想像して、気分はどんどんと高揚する。
転移署が使えれば良かったけど、流石に魔獣を連れてはできないもの。
魔法が使えるようになった事は、喜ばしいけど、その魔法の程度が低いのは、問題ね。
「そうよ。
もっともっと、憎めば良いのよ!」
そうすれば、攻撃魔法の威力を上げられるわ!
辿り着くのにまだ暫く時間がかかるもの。
その間に、もっと……。
義娘が応援するかのように、指輪が温かく感じた。