「悪かった」
殴ってしまったヘインズに謝罪しながら、頬に治癒魔法を施す。
「いや、いい。
けど、俺は絶対に公女にだけは手を出さねえ。
絶対だ。
マジで、色々、怖すぎんだよ」
「……わかった」
空色の瞳は、俺の背後を見据え、明らかに怯えている。
色々がどんなものか知りたかったが、短く区切りながら話す様に、危機感を触発された。
今は止めておく。
「それよりも……」
ゆっくりと後ろを振り返る。
「ひっ」
「お兄様ったら、青春ですわね」
小さく悲鳴を上げるのは、空色の瞳の令嬢。
のほほんと、どこか祖母を彷彿とさせる眼差しをむけるのは、空いた机に行儀悪く腰かける妹だ。
「その腹はどういう事か説明しなさい、ラビアンジェ」
まるで妊婦のように腹が膨れている。
季節柄、まだ薄手の服だ。
華奢な体だから、余計に目立つ。
先日までは薄かったから、無いとは思う。
思うが……この妹はぶっ飛んだ方向から、精神を意図せず抉る。
油断してはならない。
「温めておりますの」
「……何をだ」
「さあ?
生まれてからの、お楽しみでしてよ」
腹を見つめる妹は、珍しく素の微笑みを腹に向けている。
「妊娠、では……」
「お兄様、流石にこのお腹は早すぎましてよ?
大きさが5ヶ月くらいですもの」
どうやら妹は妊娠したわけではないらしい。
ほっと胸をなでおろすものの、呆れたような顔をされたのは、納得いかない。
「ファルタン伯爵令嬢は、休学中と記憶しているが?」
「ふぁい?!」
ビクッと背筋を伸ばして返事をしたが、引きこもり令嬢らしい怯えっぷりだ。
「大丈夫でしてよ。
沼仲間ですもの。
取って食われそうになったら、近くでしっかり目に焼きつけますわ」
「それって結局助けないやつ……」
沼仲間って何だ?
だがあの顔に、目を爛々とさせた妹には聞かない。
聞いたら何かに負ける気がする。
それに安心させる気が感じられない言葉で、かなりビビらせている。
「それで、何故令嬢は学園に?
覗き見とは、趣味が良いとは言えない。
それにこれまで妹とは、そこまでの接点はなかったはずだ。
あの山中が初対面だったと、記憶しているが?」
「それは……その、申し訳ありません」
令嬢は素直に謝るものの、妹はにこにこ微笑みを浮かべ、興奮気味に喋る。
「昨日、趣味が高じて仲良くなりましたの。
美男子が強面男子を追い詰める様はもちろん、まさかの壁ドン!
お見事でしたわ!」
「……」
違う、そこは褒めなくて良い。
思わず無言になってしまう。
「ミランダリンダ嬢の隠密スキルは、素晴らしいものでしたわ。
ですが全神経を視覚に集中するあまり、ドアを開き過ぎて転がるとは、不覚。
私が押してしまったので、この方に落ち度はありませんのよ。
ですが次こそ完璧に覗きを完遂するべく、擬態ローブを羽織って行動しましょう!
ね、ミランダリンダ嬢」
「は、はい!」
妹が令嬢を見て、何かを誘い始めた。
令嬢も、ハイじゃない。
擬態ローブとは、蠱毒の箱庭でも使っていた、性能だけはやたら良いローブの事だろうが、覗きの犯行道具になっている。
「違う、そこじゃ……いや、覗くのはもう、私だけにしておいてくれ……」
ガクリと項垂れる。
恐らく妹は自分の趣味の為なら、軽犯罪くらいは平気で犯す。
長らく疎遠になっていたが、少しずつ距離を縮めている。
と、兄としては思いたい。
思いたいのだが……知れば知るほど、妹はヤバい方向に才能を極振りしている。
無才無能とか言ってたやつ、出てこい。
あ、そこにいたな。
「え、何で俺を見て睨むんだ?!
いや、考えてる事はわかる。
色々悪かった。
贖罪もする。
けど、今は頼む!
なんか巻きこまれたくねえ!」
そうか。
確かにあの時までのお前は悪い。
未だに兄としては、腹立たしい。
だが巻きこまれたくない気持ちは、どうしてかわかる。
何か嫌だが、わかってしまう。
「そういえば、忘れておりましたわ。
いつも覗きたいわけではありませんのよ。
ラッキーなんちゃら的に、心湧き立つシチュエーションをたまたま目にするから、良いのですわ。
ね、ミランダリンダ嬢」
「あ、はい!
それは確かに!」
そうか、ホッとさせるような言葉のようで、なんちゃらのあたりで、口元をニヨニヨ弛めた所に、兄は安心できないぞ。
まあ、いい。
「お前が用?
珍しいな」
「ええ。
教会にお使いに行く事になりましたわ」
やっぱり、全然、少しも、安心したら駄目なやつだったか……。
※※後書き※※
いつもご覧いただきありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想ありがとうございますm(_ _)m
7/10発売の本作の口絵の一部が、カドカワBOOKSツイッターにて公開されています。
よろしければご覧下さいm(_ _)m
悪女っぽい顔をしています。