「と、いう事で離縁状と委任状と、私がロブール家の公女であるという証書を……」
「公女!」
バン、と入ってきたのは、全学年主任。
慌てた様子だが、何事……。
「父親は…………そうか」
「はあ?!
ち、違う!」
彼はまずは妹の腹に目をやり、愕然としてから、そのまま部屋を、いや、ここにいる人の顔をぐるりと見て、最後にヘインズへと照準を合わせる。
ほの暗い殺意を、あの翳りを見せた朱色の瞳に感じ取ったのか、素っ頓狂な声を上げ、慌てて俺の影へ移動した。
何となく、先程の自分のやり取りを思い出して、気恥ずかしくなる。
「これは……」
「おわかりでして?
これが薔薇の三つ巴でしてよ」
女子2人は、頬を赤らめ、顔をニヨニヨと弛めて、何話してる。
絶対、碌でもない話だと、勘が告げる。
令嬢は、妹のそっち系の仲間で間違いないだろう。
もちろん何が、とは聞かない。
聞けば、後悔する自信しかない。
「違います。
妹は何かを腹で温めていますが、妊娠していません。
父親も、そもそも存在していません」
「ほら、違いますから!
俺は誰も孕ませてませんから!」
ヘインズよ、必死だな。
まあ、確かにあの翳った瞳から放たれる、ほの暗い殺意は、多分返答次第では、本気で殺る気しかないヤバいやつだったとは思うが。
「ふぅ〜………………そうか。
公女に限って、そんな事はないか……そうか」
大分長いロングブレスだったが、ひとまず落ち着いて何よりだ。
滅茶苦茶、本気で誤解していたようだが、納得したみたいで良かった。
「それで、学年主任は何故、妹を探していたんです?」
「あ、ああ、それは、アレだ。
そう、他の生徒から公女が妊娠したと、いや、風の噂で腹が膨れていたと聞いてな。
全学年主任としては、生徒の体調の急激な変化も、気になったのだ」
絶対嘘だな。
婚約者候補達の誰かから、妹の腹が膨れていたのを聞いて、慌てて確かめに来たんだろう。
あの王子が妹の事になると、途端に人間味が出てくる。
本気で惚れているというのは、本当なのだろう。
「まあまあ、主任というのも、大変ですのね。
もう少しすれば、この子も生まれてくると思いますわ」
「……そうか」
慈しむような眼差しで腹を撫でる様は、正に我が子を宿した妊婦のようだ。
本当に妊娠してないよな?!
王子もそれとなく、ショックを受けた顔をしながら頷くな。
腹のそれは、何かの魔獣だ……多分。
「それにこの子はあの時授かった子でしてよ?
ほら、3人でお出かけしましたでしょう」
「あの時……だがアレはもっと……」
「ふふふ、ヘインズ先輩のお陰で、すくすく育ってきましたの」
「……ほう……ヘインズの……」
ん?
授かった?
ヘインズのお陰?
どういう意味だ?
いや、違う……しかし……まさか3人で?
「ち、違う……俺じゃ……そ、そうだ!
授業の準備があったんだ!
じゃあな!」
俺と王子の視線が突き刺さったのが、かなり居心地悪くなったのだろう。
時折見せる妹ほどではないが、脱兎の如く、逃げ去った。
「どうなさったのでしょう?」
「うーん……薔薇の思春期なのでは?」
「はうっ……なるほど!」
令嬢よ、なるほどではない。
何か違う方向に女子達は結論づけているようだが、絶対違う。
何が違うかはわからないが、絶対に違う。
「ゴホン、それで、何故お前がお使いを?」
意味を聞けば、絶対後悔するとわかっているから、違う、というか、本来の尋ねるべき事を尋ねる。
「お兄様は、今アレでお忙しいのでは?」
そう言って妹は、元いた机に置いてある資料を指差す。
「ああ、それは確かにそうだが」
「受理して夫婦の抹消をするのに、通常丸2日はかかるのでしょう?
お時間は取れそうにないのでは?」
「いや、それは……」
確かに、既に時間は押している。
2日も教会に待機するのは……正直難しい。
それなら、少し後になってから手続きしたって良いだろうに、と一瞬考えて……内心頭を振る。
あの危険な癇癪持ちのあの女が、行方知れずとなった、魔獣まで操れるあの女が、問題を起こさないとは考えられない。
とにかく早く縁を完全に切るのが、得策なのは間違いない。
国法では既に離縁出来ているとはいえ、教会の方での離縁も早急にする方が、領地経営する上では、賢い選択だ。