「ほら、こうやって手をかざして……」
「あ……すごい……」
「さあ、次はムジカがやってみて」
「えっと……こう?」
ムジカと呼ばれた少年は、ロブール公女と同い年か、少し年下のように見える。
それくらいの外見の少年は、きっと神官見習いね。
明かりを灯すほどでもないけれど、それとなく薄暗くなってきた室内。
そこで襟に中級神官の、青のラインの入った上着を羽織る20代くらいの青年が会話しているのを、気配を殺して聞く。
台を前に、並ぶ大小の背中を見つめている私は、狭い個室の隅にいるのだけれど、彼らは気づかない。
こんな時は、聖獣ドラゴレナの祝福があるって、本当に便利ね。
薄茶色の髪を、飾り気のないゴムで1つに縛っている神官は、同じく薄茶色の髪のおかっぱ少年に、手ほどきしている。
「ん……少し、違うかな。
もっと体を楽にして……そう、僕の体に軽くもたれて立ってみて。
肩の力を抜いて……」
神官はそう言って、少年の後ろに周って……やだ、バックハグ!
「こう?
力、抜けた?」
「うん。
それじゃあ、次は……」
「あ……待って、ゆっくり……」
「うん、大丈夫。
無理はさせないよ。
ゆっくり入れていくのを、感じられるかな?」
「うん……温かい……けど、ちょっと……ん、熱い……」
そう言いながら、今度は台を前に、少し覆い被さるようにして、少年の手に自分の手を添える。
「じゃあ、今度は内側に巡る熱を……ほら、こうやって外に出そうか……」
この神官の穏やかな声も良い!
でも、きっとそろそろ現実に戻る頃かしら。
「こう……」
「そう、そこからは強く出していくんだ……」
2人の声に、熱がこもっていく。
「……やった!
やったよ、出来た!
兄さん、浄化できたよ!」
「良かった。
コツは掴めたようだね!」
ああ、現実の世界が戻ったわ。
2人はやっぱり兄弟なのね。
髪色もそうだけれど、顔立ちも似ているもの。
台の上には、紙を下敷きにした、握りこぶし大の石。
ついさっきまでは、未浄化で、私の目には薄く黒い靄を放っているように見えた。
この2人の目には多分、それは見えていなかったと思う。
ただ、神官になるくらいだから、感じる事は出来ていたはずよ。
紙には瘴気を内に封じる魔法陣が描かれてあったわ。
それが今は消えている。
浄化出来ると消える仕組みになっていて、この兄弟は浄化の練習をしていたの。
血縁関係で、血が濃いほど魔力の親和性が高いとされているわ。
だから体内の魔力の循環や放出を、上手く覚えられない子供には、親兄弟が自分の魔力を体に流しつつ、直接本人の体で覚えさせる。
1番手っ取り早くて、1番暴走を起こさない、安全とされるやり方ね。
目の前で、組んず解れつでのそれを見ていたのだけれど、ロブール公女の言う通りよ!
教会には、萌えがある!
秘密の園!
インスピレーションが滾るわ!
ああ、聖獣ドラゴレナ!
私は今、人生で初めて、受けた祝福に感謝している!
こんな日が来るなんて、思いもしなかった!
公女!
どこまでもついていきます!
私の推し神様!
まさか公女があの……くぅ!
そうよ、その為にもまず、公女を探さないと。
「これで次の見習い昇格試験に受かるかな?」
「そうだね。
まずは少しでも浄化する能力を示す事が第1条件だからね。
まだ時間はあるから、もっとスムーズにできるように、兄さんもサポートするよ」
「うん!
ありがとう、兄さん!」
仲良し兄弟は、そう言いながら部屋を後にした。
「ふう……良い物が見れたわ。
でもいつまでもここにはいられない。
公女がどこにいるかはわからないけれど、確実にこの教会のどこかにはいる気がするのよね」
言いながら、けれど公女からのアドバイスを忠実に遂行する。
肩に下げていたノートを出して、とにかくインスピレーションを文字に起こす。
そうしながらも、あの時の第1王子の顔を思い出して、ふと手を止めた。
『消えた、だと……』
普段は無表情でいる事の多い王子は、明らかに愕然としていた。
けれど王子の言っている事は、私にも正確に感じ取れた。