『王子、公女はどうされたのですか?!
いるのに、見えない?』
『何かの結界が張られていたようだ。
とはいえ中の者を傷つけるような類ではないらしいが……』
無表情で淡々と話している王子に、焦りは見られない。
けれど祝福を受けているからかしら。
五感や直感で、どことなく焦りの気配を感じる。
『そなたは祝福がある。
結界の綻びを見つけられるか?
この結界は、思いの外緻密で手強い』
『やってみます!』
五感を研ぎ澄ませて、魔力を温室に向かって纏わせる。
公女は六角形の柱のような結界の中に閉じこめられているわ。
人が2人寝転がったくらいの、広さと長さかしら。
『凄い……二重構造で、綻びが隠されてます』
感じるままに言葉にしつつも、慎重に探す。
この結界は完全に内と外を遮断しているし、何かの細工もされている感覚がする。
下手に自分の魔力を干渉させれば、どんな細工が動くかわからないわ。
『あ、見つけました!
魔力を添わせてみてください。
念話なら届けられると思います』
『わかった』
頷いて、王子が私の魔力に自分のそれを添わせて綻びを崩さないようにしながら、内側に侵入させた。
途端、この方がとんでもない魔力量を内包しているのが感じられて、皮膚が粟立つ。
気がそれてしまいそうになるのを、どうにか抑えるので精一杯だった。
『ふぐっ』
え、公女の声?!
くぐもったような声が聞こえたわ!
『王子!』
『くそっ、わかっている!』
危険はないと思っていたのに、どういう事なの?!
『公女!
無事か!』
王子が念話しながらも、それを直接口にする。
それくらいには、慌てていたんだと思う。
『公女!
聞こえたら、返事をするのだ!』
それでも返事がなくて、焦る気持ちが王子の声となって発する。
ああ、どうか無事で……。
思わず両手を顔の前で組んで、祈る。
(王子、聞こえておりましてよ。
特に問題ありませんわ。
そちらはいかが?
リンダ嬢とわちゃわちゃお戯れでしたら、むふふ。
こちらはお気になさらず、楽しんで下さればよろしくてよ?
あ、後でリンダ嬢に感想を……)
……うん、私の推し神様は、とってもマイペースね。
わちゃわちゃって、どういう事かしら?
ひとまず何かを妄想して、ほくそ笑んでいる模様?
私達の焦りを知るはずもない神様は、どことなく楽しそうで何より……。
__ブツン。
不意に、結界の中に滑りこませた魔力が、王子共々切られた?!
『な、嘘、切れた?!
公女?!』
『チッ。
邪魔だとでも言いたげに!
俺も混ぜろ!』
やっぱりこの結界、何かの危害を加えている?!
それより舌打ちした王子は、朱の瞳にどことなく黒い影を纏わせて、何を言っているの?!
意味がわからないけど、もの凄く苛立っているのはわかった……って、今度はこの人何しているの?!
結界の綻びを引きちぎる勢いで干渉して、魔力に物を言わせて無理矢理こじ開けようとしているんですけど?!
(……う〜……グスッ……ふええええん!)
意味不明の力技的実力行使に驚いていれば、突如、幼児の泣き声?!
『か、怪奇現象?!
幽霊?!
お、王子?!』
__ゴッ……ゴロゴロ。
幽霊の泣き声に驚いて王子を見やれば、何かが王子と私の間を飛んで、植木にぶつかって転がった。
思わず無言になって、目だけで追う。
『ほう、あくまで俺の邪魔を……』
何なの?!
王子のドスの利いた声が怖すぎる!
__ゴッ、バチィッ。
『ヒッ』
__ゴッ、バチィッ。
『ヒッ』
__ゴッ、バチィッ。
『……』
握りこぶし大の雹が、綻びから飛んできて、王子がそれに小さな雷を当てて弾く。
……鬼気迫る顔で。
初めは砕け散る雹に驚いたけれど、今は王子の顔に恐怖して、一周周って恐怖が麻痺して無言になった私は、悪くないと思うわ。
そう思った時よ。
結界の内側から、何かの力が溢れて……。
『消えた、だと……』
普段は無表情でいる事の多い王子は、明らかに愕然として呟いた。
王子の言っている事は、私にも正しいと正確に感じ取れた。
やがて発動していたはずの結界が消える気配がした。
感じていた思った通り、温室には誰も居ない。
ただ時期外れの晩夏の花が、そこに咲いているだけ。