「……随分と……恥知らずな……」
「まあまあ?
本能による、本能の為の、ある種の純文学ですのに」
我に返り、公女の現状に眉根が寄る。
若さ故の過ちにしても、これは酷い。
父親が誰かわからない、などとは……爛れ過ぎだ。
純文学とは、何の事だ。
ただただ本能的に行動した結果、腹が膨れるような事態を招いただけだろうに。
「ね?」
そっと手にしていた本を閉じ、腹を擦りながら呼びかける様にすら、もはや嫌悪感しか抱けない。
母性など見えない。
女という性に支配された、下衆な女だ。
私自身が魅了の魔力と、この顔を持って産まれたせいだろう。
昔から男女関係なく下卑た眼差しを私に向け、こちらの嫌悪などお構いなしに触れて来る者が多かった。
その類の眼差しは全く感じないものの、公女の言葉に対しての落胆が酷い。
姫様に救われた四大公爵家の子孫が、こんな下等種を生み出すとは……。
気高い孤高の姫様に、どことなく重ねてしまっていたからだろう。
激しい怒りを感じてしまう。
うっかり本心を、口にしてしまうくらいには。
けれど、と思い直して怒りを抑える。
これから公女にする事へ、幾らか感じていた申し訳無さが霧散したのは、悪くない。
これならその藍色の瞳をくり抜いても、良心は痛まない。
「失礼しました。
ところで公女は何故ご自分がここに転移されたか、おわかりですか?」
「いいえ、全く?」
気を取り直し、失言だったと取れるように、一言謝罪してから、穏やかに微笑んで尋ねる。
するとあちらも涼しい笑みを返してきた。
「そうですか。
奥へと続く扉を開けますから、どうぞご一緒においで下さい。
ああ、警戒されなくても大丈夫ですよ。
手伝っていただきたい事ができただけで、それが終わればすぐに邸の方へお送りしますから」
穏やかさを保ったまま、ここで警戒して面倒な事にならないよう、そっと公女に手を差し伸べる。
とはいえこんな状況なのに、この少女は全く警戒した様子かない。
危機管理意識が、あまりに低くないだろうか。
「わかりましたわ」
ほら、何も警戒せずに私の手を取って立ち上がった。
こうして隣に立つと、実際の体格は随分と小柄で、華奢だと驚く。
対面していた時はもっと大きく感じていたのに。
「こんな時に……」
そして胸の内にモヤモヤとした、形容し難い不快感を覚えて、小さく呟いてしまう。
そんな小さな事柄にすらも、姫様を感じてしまうなんて。
姫様もそうだった。
小さな頃からまともに食事を取らせて貰えず、あの王族達から時に虐待を受けながら、長年に渡り都合良く魔法も栄誉も搾取され、都合よくこき使われていた。
そのせいか飢えた平民のように、小柄で華奢だった。
にも関わらず、一見すれば体格は年相応か、むしろ大きく感じさせた。
それは膨大な魔力を隠していても、強者故の存在感で、見る者を無意識にそう勘違いさせていたからだ。
まさか……。
ふと思い当たり、触れた手から自身の魔力を流す。
「ふ……」
そうして、思わず苦笑する。
やはりこの公女からは、一般的、いや、むしろそれ以下の魔力しか感じられない。
何を期待してしまったのか……。
その時だ。
不意に添えてくるだけだった手に、幾らか力が入った。
「公女?
ああ、不快に思われましたか?
少し思い出し笑いをしてしまっただけで……」
「あなた……」
「はい?」
何かに驚いたように、私の顔をまじまじと見つめてきた藍色に、戸惑う。
ここで対面してから今に至るまで、顔を合わせていたはず。
なのに初めて視線を交えたような感覚に陥るのは、何故なのか。
「……そう、そうなのね。
ふふふ、色々と勘違いしていたのね。
でも良かったわ」
ドクリ、と心臓が跳ねた。
これまでの表情とは全く違う、年相応の柔らかで、どこか安心したような微笑み。
この藍色の瞳のせいだから、そう見えたのか?
まるで姫様が時折、あの守られるだけだった少女に向けていた……。
思わず空いた手をその頬に添え、食い入るように見つめてしまう。
公女もまた、特に抵抗する事なく見つめ返す。
「随分と良い雰囲気ね」
ややもした頃、不躾な声に邪魔された。