「何なら後々、娘には何かと便宜を図っていただけるとも、判断なさったのでは?」
「……」
続く公女の言葉に、ライェビストは無言になる。
面白い。
公女はライェビストなりの僅かな父性には、気づいておるようだ。
ライェビストは無言のまま余の顔を見つめた後、最後まで無言を貫いて転移した。
余を見つめたのは己の娘故、扱いに注意しろと言いたかった……のか?
無表情過ぎてわからぬ。
ライェビストは表情も含めて、色々と死滅しておる。
「座ったままで良い。
あの黒い煙は、悪魔の力か?」
「左様ですわ」
立ち上がろうとした公女を制して近づき、余も地面で胡座をかく。
「ああ、素の話し方で良い。
対等に話せ。
そなたにはそれが許されるべきであろう。
悪魔の力を滅したか?」
「……ええ」
少し余の顔をまじまじと見つめた後、貴族らしい冷めた微笑みを浮かべて肯定する。
悪魔の力を直接的に滅する事ができたのなら、それは聖獣の力を使ったという事。
人や魔獣の魔力では、悪魔の存在やその力を滅する事はできぬ。
つまりは……。
「つまり先程の2体は、そなたと契約しておる聖獣という事か」
「ええ」
「……そなたはやはり、望まぬか?」
ベルジャンヌ王女が生前、何をしたか知るからこその問い。
「もちろんよ。
これからも、その椅子には座らない」
そう答えるのならば、やはり公女は王女の生まれ変わり……。
そう確信する。
「そうか。
尊重しよう」
「……全て知っているのね?」
「ああ。
かの王女こそが悲劇の王女であり、しかし我ら王家の者からすれば、真の稀代の悪女であろう事もな」
公女は暫しの間きょとりとする。
「……ふふふ、正解よ」
ややあって花が咲いたように、どこか悪戯が成功したかのような年相応の顔をした。
その様子に面くらいながらも、今もなお知略に長けた悪女は、契約する聖獣にも真実を語っておらぬやもしれぬと察する。
「かの王女は、死の間際に恨んでおったか?
孤独であっただろうか?」
「さあ?」
「そなたの推察で構わぬ。
……頼む。
ずっと知りたかったのだ」
余は四公家の長達も知らぬ、王女の真相を知っておる。
そして王家の犯した恥ずべき過ちも。
王女は間違いなく全ての厄災を1人で背負い、1人で闘って自らの意志で悪女となり、散った。
全てを最良に導く為。
その全ての中に、我ら王家の末裔も何故か含まれている。
それ故に、知りたい。
過酷な環境の中、そうできた理由を。
恨み故、なのか。
孤独であったが故なのか。
何より、未だに孤独であるのか。
この情動は、思慕に近いのであろうな。
国王としてこの座に就いた時、それまで当然と思いこんでいた王女の姿は作られたものであると、真の姿は如何なるものかを知ったが故に。
いつからか戸籍上では叔母に当たる王女が、何を考えておったのか知りたいと、乞い願うようになった。
公女は余の懇願に、まるで困った子ね、というように苦笑してから答えを返す。
「そもそも王女は誰も恨んでいなかったわ」
「にわかには信じられぬと申したら?」
「そうねえ、周りの人間に恨むほどの気持ちが、愛着が無かったと言えばどうかしら?」
「それは……」
当然、それならあり得る話やもしれぬと口ごもる。
「人としてはそうね……不完全で未熟。
人が持ち合わせているような感情が、根本的に壊れていたと言うべきかもしれない。
王女が初めから壊れていたのか、壊れるべくして壊れたのか、壊されたのか。
そのどれかか、全てかはわからないわ。
けれど恨まれる程の関心や愛を、王女が他人から与えられていたと思う?」
公女の語る王女の内面には、頷くしかない。
だからこそ、ずっと疑問を抱えておった。
「しかしそれならば何故に、王女は全てを最良に導こうとしたのだ?」
「初めて愛を、労りの情を与えてくれたのが、長くこの国を守り続ける聖獣キャスケットだったからよ。
それまでの王女には感情をぶつけてくる者はいても、感情を与えて育てる存在が皆無だったの」
「感情を蒔かないのに、芽吹きはしないという事か?」
「ええ。
何より生まれた時から泣かないような、元々に感情が欠落した子供だったのもあるのかもしれないわね」
感情が欠落した子供。
公女の言葉に、祖父王の日記の一節を思い出した。