「私の助かる1番の近道は……元婚約者を再び婚約者に、いえ、既成事実を作る事だけ。
そう、そうですね……」
「ええ、そうよ。
ジョシュア、迷う必要はないの。
あの娘も無才無能で生活魔法くらいしか使えないのに、王族へ嫁げるのだもの。
感謝するに決まっているわ」
感謝……本当に?
母上の言葉は心地良く、しかしそれとは別で公女と生徒会室でまともにした会話を思い出し、引っかかる。
「私は今、ここから外に出る事を禁じられております。
公女に手紙を送っても、返事がこないのは、公女が私を見限っているからではないでしょうか。
本人は以前、私の婚約者である必要がないと直接申しておりました」
満足そうに微笑む母上にほっとして、思わず弱音を吐く。
そもそもあの公女は、立場に拘っていなかった。
むしろ平民に紛れてこそ、生き生きとやっていける人脈と処世術を身に着けていなかったか?
影の報告書を読んだ限りではあったが。
すると母上が発する何かが、更に強まった気がした。
同時に不安が一気に萎んでいく。
「相変わらず礼儀を知らない娘よね。
婚約を解消したとはいえ、心身を病んで療養中の第二王子が直接手紙を送っているのだもの。
見舞いには来るべきよ。
でも口先だけに決まっているじゃない。
そう……ツンデレ」
「え?」
「ああ、巷で流行りの小説にそういう表現があるの。
でもジョシュアは王子なのだから、庶民が読むような話に、いえ、公女に合わせてあげる必要はないわ」
ああ、母上が同意して下さる。
それがどうしてか嬉しい。
どうしてか、どうしてか、心から嬉しく感じるのだ!
母上の暗い碧を見つめるほど、自己肯定感が激しく煽られる。
「そうなんです!
大体、こうなったきっかけは、あの失礼な公女を救う為に危険を顧みず、蠱毒の箱庭に助けに入ったからだというのに!」
「そうね、きっと公女には覚悟がないのよ。
ジョシュアが国王となれば、側妃の1人くらいは娶っていたかもしれない。
だから仮にジョシュアが他の女にうつつを抜かしてしまったとしても、大した問題ではなかったの。
大体、ジョシュアを惑わした女は、ロブール家の養女だったのだもの。
今は亡くなったけれど、元養女が義姉を陥れようとジョシュアや周りに嘘を吐き続けたのだから、ロブール家の不始末でもあるのに。
ジョシュアこそ、被害者なのよ」
母上の言葉に、更に私は気分が良くなる。
「そうです!
それに公女にも大きな問題はありました!
私の婚約者でありながら、自分から弁明にも来なかった!
何より公女は学園の成績が最も低い者達の集まるDクラスに所属している!
私が婚約者を恥じても仕方ないではありませんか!」
まあ影の報告書を読む限り、母親からの酷い虐待とシエナの嘘による兄の冷遇によって、学べなかったのは仕方ないと思ってやれる。
思いの外生活能力は高く、城下の平民によって生かされていたのだから、公女たる自覚が皆無なのも許してやろう。
寛大な気持ちが頭をもたげるが、今は黙っておく。
「そうよ、ジョシュアは悪くないの。
だからこの母が手伝ってあげる。
幸いにも、あなたが入学してから毎年学園祭には足を運んでいるもの。
今回は公女と既成事実さえ作れれば、それで良しとしましょう。
でもわかっているわね?」
不意に母上が眉を顰めた。
「あなたは出来が良いと思っていたのに、本当はそうでもなかったのは仕方ないわ。
あなたが期待通りの子供だと思って、スペアでしかなかった第三王子を放っておいたら、いつの間にか王妃に取られてしまっていた。
私にはもう、ジョシュアだけ。
王族とは言え、四大公爵家の公女に既成事実を強いるのだから、失敗は許されない」
こうやって母上に何度も苦言を呈されるようになってしまったのが、歯がゆい。
母上の期待を一身に背負っていたあの頃に戻りたい。
「わかっています。
しかしどうして母上は、そこまであの無才無能公女に拘るのです?
あの公女には何の価値もない。
ロブール公爵家当主も、次期当主も見放していた。
血筋だけが無駄に良いだけだ」
「その血筋が大事なんじゃない」
母上がクスリと笑うが、私にはその血筋も良いとは思えない。
公女の母親は仮にも侯爵家で、ロブール公爵家に近しい傍系血族だ。
しかし祖母は伯爵家とはいえ、没落貴族。
今や公女の祖母がチェリア伯爵の名を継いでいるだけの、名ばかりとなった家柄。
なのに血筋?