「頼もしいが、もう1人で全て背負うな」
そういえば結局、あの悪魔はどうやってこの世界の住人に干渉したのかしら?
前々世で関わった誰か?
それとも……もっと昔?
聖獣ヴァミリア__リアちゃんなら、何か知っているかしら?
アヴォイドと同じく、この国の初代国王を知る聖獣だもの。
それに炎鳥として最期を迎えたリアちゃんは、悪魔を警戒して幕を閉じたわ。
ちなみに生まれ変わった今は、グリフォンとなって羽毛と毛皮の良いとこ取りをしているから、これはこれでありなのだけれど。
「ラビ?」
悪魔は悪魔の世界がある……本当に?
それなら前世も含めて、世界という固有の空間は数多存在するという事?
それともこちらの世界は、悪魔の住む空間と紐づいた世界?
考えると深みにはまりそうね。
ファンタジー小説みたい。
過去、現在、未来が織りなすパラレルワールドなんてものもありそう。
あら、小説の題材がまた1つできてしまったわ。
「ラビアンジェ!」
ラグちゃんの声で我に返る。
目の前には、むすっとしたラグちゃんのお顔。
これはこれで、愛おしい。
「ふふふ、ついうっかり考えこんでしまったわ。
何のお話だったかしら?」
先ほどのラグちゃんのように、頬をスリスリとしてムスッとした気持ちを丸くするのに努める。
もちろんスンスンは鋼の心で封印よ。
「はあ……何の妄想に情熱を滾らせていたんだか。
もっと俺達……特にこの俺を頼れと言った」
「頼っているわ。
でも危ない目に遭って欲しくないのよ」
「ラビ……それは俺も、狐も、他の奴らだってそうだ。
お前1人が犠牲になるのは、もうたくさんだ」
「ラグちゃん……」
胸に広がる哀しみと遣る瀬なさは、ラグちゃんの感情。
契約しているからこそ、感情がこうしてリンクしてしまう。
ベルジャンヌだった私を思い返しているのね。
「わかっているからこその、無責任公女なのよ?」
「嘘だ」
「あらあら?」
何だかお臍も曲がってしまったみたい。
プイッとあちらを向くから、サラツヤな鬣が顔を擽り、スンスンの封印が解けてしまいそう。
「今も、本当は悪魔への対処を考えていたんだろう」
「それは……まあ、否定はしないけれど……」
「心配するな。
ベルの遺灰は誰にも触れられない。
俺やラビですらも、あの空間にはもう入れない」
「ええ、そうね。
1番安全な場所にラグちゃんが埋葬してくれたわ」
あの場所は時空の狭間にできた、ある意味では1つの世界。
ベルジャンヌだった私が亜空間での実験を思い立ち、興味本位で当時の魔力を最大出力で暴発させて、たまたまできた空間。
キャスちゃんとラグちゃんがいなかったら、亜空間が圧縮したブラックホールと化した空間に飲みこまれて、潰れていたんじゃないかしら?
当時の私もまさかあんな事になるなんて思っていなくて、死を覚悟したのよね。
あの時は2体の聖獣達の魔力も使ってもう1度暴発させて、何とかブラックホール状態を解除したわ。
とんでもない体への負荷と魔力枯渇に、痛みに鈍かったはずのベルジャンヌでも、数日はのたうち回る羽目になった。
珍しく、もう2度とやらないと誓った出来事となったの。
そんな偶然できた空間は、亜空間とも違っていて、魔力が無くても維持できる1つの世界と呼べる代物になった。
場所がわかっていても、ベルジャンヌ自身の魔力で作る特殊な鍵がなければ誰も入れない。
ベルジャンヌが創造した空間。
ラグちゃんが最後に入れたのは、ベルジャンヌが最期まで自分の体に魔力を巡らせ続けてできた灰があったから。
それに比べれば、スリアーダが持っていたベルジャンヌの髪に受動的に宿っていた魔力なんて、屑でしかない。
屑レベルなのにスリアーダがそれを使って悪魔を留めたのだから、ベルジャンヌが宿していた魔力量って今の私と同じくらい、とんでもなかったわね。
「あの悪魔がお手軽に復活するとしたら、ベルジャンヌの灰に封じた自分の悪魔パワーを取りこむ事なんでしょうね」
「できるはずがないが、だからこそ俺を探し始めたんだろう。
この学園だけじゃなく、魔の森の近くや俺が現れそうな魔物の密集地に、ローブを被った気持ちの悪い何かがうろついていたと眷族達が騒いでいた」
「王城は調べ尽くしたのかしら」
「そもそも王族の住む城になど、俺達聖獣がベルの遺灰を埋葬するはずがないのは、簡単に推測できる」
「学園はベルジャンヌが最期を迎えた場所だから、可能性として捨てきれないのかしら?」
「それはそれで正解だ。
だからといって見つかるはずもない。
ふん、悪魔の時間は無限だと言っても、ベルジャンヌが封じてから何十年も努力してきた事が、ここ最近立て続けに泡と消えたからな。
忍耐が切れたんだろう。
ざまあみろだ」
ニヤリと笑う、悪魔が大嫌いなラグちゃん。
子供っぽくて可愛い。
「だが、これから悪魔は手段を選ばなくなるかもしれん。
ラビは多大に関わった割に、悪魔からすれば未だに無才無能な認識だろうが、気をつけろ」
「もちろんよ。
私から関わったりしないし、これまで同様、今世の私は責任からも全力で逃げて、皆と楽しく過ごしつつ趣味にひた走るから、安心して!」
きっぱり宣言すれば、苦笑された?
「たとえ誰が何に関わっても、今世こそ俺達と一緒に人としての寿命分を生きてくれ」
ふと、金の散る藍色の瞳に悲哀と懇願を感じる。
なのに私が声を発する前に、鬣に絡む天使ごと消えてしまった。
「ラグォンドル……」
きっと言葉は届くとわかっていても、それ以上、何て言えばいいかわからずに口を閉じた。