「でも残念ね。
ジョシュアはスペアなんてなくとも、これから完璧な王子になるの。
あなたの息子なんて足元にも及ばなくなるわ」
ソフィニカの企みは、もうじき無意味なものになる。
勝利を確信しながら、ふと十数年前の出来事を思い出した。
本当ならジャビがソフィニカの息子を、レジルスを魔法呪に変えたあの時、レジルスは死んでいたのに。
今思い出しても、不思議でならないの。
魔法呪化したレジルスが、何の後遺症もなく元に戻っただなんて。
あの日、レジルスがベルジャンヌ王女の暮らしていた離宮に現れたのは、偶然だったみたいね。
ある意味、レジルスも不運だったんじゃないかしら。
ジャビは私の息のかかったレジルス付きの女官と、あの離宮で度々会っていた。
人気のない寂れた離宮は、密会に適していたもの。
あの女官は私が与えたジャビの実験体。
ジャビが自らに移植した魅了魔力を浴びせていたわ。
元々はソフィニカ派のお硬い人間だったのだけど、魅了の力で少しずつジャビに心酔していった。
本当はジャビがその女官を魅了したら、レジルスを女官に毒殺させようと考えていたわ。
でもジャビといるのをレジルスに見られたと聞いて、予定を変更した。
まさかレジルスが助かるなんて思ってもみなかったんだもの。
あの女官さえ口封じできれば、後は勝手にレジルスが死ぬ。
そうなれば王太子になるのは、ジョシュアしかいない。
そう確信した。
あの女官はジャビがレジルスを呪うところを見ていたらしいわ。
レジルスに触れると死ぬ事も、ジャビは女官に伝えていたらしいの。
なのにあの女官がレジルスに触れた。
もちろんジャビが女官に浴びせた魅了の力の影響よ。
きっとジャビは、実験の最終確認がしたかったのね。
あの時はまだ、魅了の宿った魔力が私のものじゃなかった。
それが今もちょっびり悔やまれるわ。
私がやりたかった。
だってあの女官はソフィニカ派。
そんな女官は喜んで呪いの塊となったレジルスに触れたはずよ。
苦痛に顔を歪めながらも、口元は笑っていたらしいじゃない。
息子がもたらした女官の死。
そしてその死に顔を知った時の、ソフィニカの凍りついた顔。
今思い出しても、笑みが溢れそう。
ジャビが移植していた魅了の宿る魔力を誰から奪ったのかは、今も教えてもらえない。
何かしらの制約があるのですって。
もしジャビではなく、私が自分で魅了を使って女官に死を与えていたら。
当時の私には、それが不満だったのよね。
でも待つしかなかったわ。
一度ジャビが自分自身に移植して、ジャビの魔力に馴染ませて、変容させる必要があったのだから。
そうでないと他人の、それも魅了という特別な魔力は移植しても体内で反発し、最悪は拒絶反応で命を落とすと言われてしまったもの。
本当に、あれは誰の魔力だったのかしら?
未だにジャビは教えてくれないわ。
もし生きているなら、もっと沢山搾り取って私に移植して欲しいのに。
それでも今は、幾らかどうでも良くなっている。
私が王妃となって陛下の隣に立つのを邪魔してきたソフィニカ。
ずっと目障りだった、無能な王妃。
今日こそ私はこの力で、私の力で、殺す事ができるもの。
「クリスタ。
貴女にとって子供は駒でしかないのですね」
「私は王家の人間なのよ。
子供が王子として生まれたなら、一番高い地位に導くのが国王の妻としての務めじゃない」
どことなく不快感が滲む顔で何を言うかと思えば……。
「ソフィニカ様もそうでしょう?
レジルス王子が幼少の頃だったかしら」
ソフィニカの眉がピクリと反応したのを気分良く見やってから、その耳元に近づいて囁く。
「魔法呪に侵される直前まで、厳しくしてらしたわ。
ジョシュアの才能に危機感を持ったのでしょう」
「それは……」
私の言葉に言い返せなかったのは、図星だからよ。
陛下の寵愛を受けた私が生んだ息子、ジョシュア。
ジョシュアはレジルスから3年遅れて生まれたわ。
生まれてすぐ、内密に魔法師を呼んで鑑定させれば、保有する魔力はレジルスと同程度だった。
だから私は女官には魔力や学識に長けた者を選んだの。
ジョシュアが生まれてすぐの頃から英才教育を施していったわ。
物心つく頃には、年よりずっと利発な子になった。
余談だけれど、ロブール公女と婚約した頃には、立場に相応しい、下々を従わせる気概も備えた完璧な王子に育っていたんですもの。
ソフィニカの耳元から離れて、動揺して心に隙ができた翡翠の瞳をひたと見据える。
魅了を含ませた私の魔力を、憎らしいドレスに包んだその体に纏わせた。
昨日は今日の学園訪問の為に、ソフィニカと打ち合わせをしていた。
その折、ソフィニカの体へ内密に仕込んでいた仕掛けを動かす。
ああ、もうじき陛下の唯一の妻になれる。