「なら、何だと言うの?」
ザワリ、と側妃の纏う空気が、魔力の質が変わる。
確か少し前に教会の地下でミハイルの魔力属性の割合が変化したが、それとは違うと勘が告げる。
「陛下、王妃を連れてお下がり下さい」
「ソフィニカを救いたいなら、アッシェ公は邪魔しないで」
騎士団長もそれを感じ取ったんだろう。
陛下に退避を願うが、側妃の言葉で陛下は留まる事を選んだようだ。
弟妹達も魔力量は多い。
本能的に危険を察知したのか、口を噤む。
普段は尻に敷かれるエメアロルが、兄らしくジェシティナを実の母親から背に庇う。
それにしても……。
王妃の症状を抑える為にかなりの魔力を消耗した。
そのせいで魔法で鑑定したいが、状況からして万が一を考えて魔力は温存しておきたい。
それに……どこかで俺は確信している。
以前、ロブール公爵元夫妻の離縁の為に赴いた教会の地下で浴びた魅了。
側妃はあの時の魅了に酷似した力を幾らか使っている。
騎士団長も含めて、他の者は気づいていないようだ。
それも仕方ない。
異なる力で変容していた教皇魅了の方が、強力で凶悪だったのだから。
しかし側妃のソレは……何というべきだろう?
教会の地下で浴びた教皇の魅了は、直接的かつ暴力的に対象を虜にしようとする強い意志にも似た精神の支配。
ミハイルがいなければ間違いなく抗えなかった、あの絶対的な支配力を知るからこそ感じるのは、違和感。
劣る力だからこそ、面倒な何かにアレンジしているかのような……。
教皇がいれば、何かわかったかもしれない。
あの教会の地下での一件を思い出していれば、ふとマンドレイクの叫びを聞き、気絶した俺とミハイル。
2人して気がついた時には上半身が裸……いや、今はそれどころではなかったな。
公女はミハイルに聖獣ドラゴレナを聖獣ヴァミリアの友達紹介だと告げていたが、多分嘘だ。
どうでも良いが、追加でR18小説の読者様だと説明もしていた。
その時に一瞬見せた公女の顔は、どことなく憂いを含んだ艶のあるものだった。
R18というコードネームとの関連が気になる。
ミハイルは鋼の意志で教えてはくれなかった。
余計に気になるだろうがっ。
いつかR18を暴き、公女が陶酔するR18の頂きに俺は登ると心に決めた。
ちなみに教皇が未だにのさばり、切り絵とやらを餌に公女に絡めているのは、公女が隊長と呼んでいた聖獣ドラゴレナのせいだ。
ドラゴレナは教会の地下を、研究施設と研究対象ごと埋めてしまった。
キメラはもちろん、禁術の痕跡も全て埋められた。
未だに多くの信者を抱える教会のトップである以上、証拠もなく調べられるはずもない。
まさに臭い物に蓋をされた状態。
とはいえ公女が何かしらの便宜を図ったと確信もしている。
教皇はベルジャンヌ王女を姫様と呼んでいた。
声音から王女に愛情か、それに酷似した感情を持っている。
それにミハイルが見たという教皇の過去。
ベルジャンヌ王女と深い関わりがあるなら、公女が聖獣ドラゴレナにかこつけて、教皇はもう心配いらないと言うのも頷ける。
それに、きっと本当に教皇は悪魔の呪縛から解き放たれたのだろう。
しかし公女に必要とされるのは、俺だけにして欲しいものだ。
切り絵も猛練習しているから、近々披露しようと思っている。
「ねえ、陛下。
私はずっと陛下を恋い慕っていたわ」
睨み合い、膠着状態だった均衡を崩したのは側妃。
腰あたりにあったドレスの折り返し部分から、護身用と思しき細身の短剣を取り出す。
2人の妃が王家に籍を置いた日に、陛下がそれぞれに贈った短剣。
陛下は2つの意図から短剣を選んだ。
1つは純粋に護身用。
王族ともなれば暗殺者に狙われる事もある。
これで自分を、そして王家に生まれる子供達全てを守るように。
2つ目は、自決用。
もしもロベニア国にとって負債となる時には、自らの命を絶て。
王族としての覚悟も問うている。
「初夜の時、陛下からこの剣を贈られた私は、そうお伝えしたわ。
ソフィニカよりもずっとずっと、陛下を想っているの。
でも私は王族に名を連ねる妃になるとも、この剣に誓った。
もし陛下が私に少しでも想いを返してくれるなら、王妃に相応しくないソフィニカでも、救うわ」
側妃はそう言って短剣を鞘から抜き、左手で刃を握りしめる。
「この血に誓って」
ポタポタと側妃の血が滴り落ちた。