「キャスケット・ベル・ツキナ・ラビ。
ラグォンドル・ベル・ツキナ・ラビ。
ドラゴレナ・ラビ。
ヴァミリア・ラビ。
ディアナ・ラビ」
私と契約する全ての聖獣ちゃん達が姿を現す。
結界を出てから、すぐに念話を送っていたからかしら。
やっぱりあの薄赤い結界には、妨害効果があった。
それでも皆が気づかなかったのは、他の聖獣の余波が大きいみたい。
そのせいか、皆神妙なお顔をしているわ。
どうして学園の不穏な気配に気づかなかったか、理由を推察できたのかしら?
「嘘……聖獣?」
「ロブール公女なのに?」
声に出したのはお孫ちゃんズ。
第3王子は失言ボーイ気質かしら?
騎士団長は信じられないとお顔で伝えている。
空中にふわりと舞う青銀の竜と、白い九尾の狐、朱色のグリフォン。
そして忽然と地面にそびえ立つ、金の煌めきを宿す藍色の花を咲かせたマンドラゴラ。
その巨木の枝には、赤い瞳のアルラウネ5体が座っている。
更に私の頭には、白藍色の鎧鼠。
「……ベル、と言ったの?
それに……金環」
王妃だけはその名前に反応するのね。
驚きよりも戸惑いの感情の方が大きそう。
幼い王女と王子は未だに気づいていないけれど、王妃は瞳にも気づいたみたい。
呆然と聖獣ちゃん達を見ていた騎士団長も、ハッとして私の瞳を見やる。
主である陛下を失った直後だから、金環までは見落としていたのでしょうね。
レジルス王子とリリ。
2人共、どうしてズモモモな空気を纏って聖獣ちゃん達に顔を顰めているのかしら?
この2人は金環に気づいていたわ。
あえて態度に出さなかったのか、今も瞳には反応していない。
「皆〜。
とりあえず悪魔結界を壊すのと同時に、学園の建物全体に、あらゆる事象を遮断する特殊結界を張ってくれる〜?」
でも今は外野に構わず、聖獣ちゃん達に命令する。
「「「…………わかった(ジャ~ン)」」」
3体は了承して、何か言いたげな顔をしながらも、持ち場に転移した。
「僕は建物の内側から張る。
ディアナも一緒だ」
「はい!」
キャスちゃんは命令に従っているようで、従わないのね。
私が何をしようとしているか、わかっているからかしら?
もちろんかつての契約者達が行ったような、命令違反に伴うペナルティは課したりしないわ。
ディアも何かを感じ取ったのか、とっても良いお返事。
頭の上でスチャッと立って、多分元気良く片手を上げたんじゃないかしら。
振動を感じるより、視覚に収めたかったわ!
「……約束……覚えている?」
心で萌えが湧いたのも束の間、フワリと浮いたキャスちゃんが私の目の前へと飛んでくる。
「あらあら?
勿論よ。
キャスちゃんは、今もソレを願っているのでしょう?」
「うん。
だけど、もっと一緒に……」
「わかっているわ」
口ごもるキャスちゃんに、なるべく優しく語りかける。
きっともう、私がアヴォイドから受けている誓約に、気づいてしまった。
恐らく他の聖獣ちゃん達も。
だから私がいつものように逃走する事を願っていて、それでも口にできない。
ベルジャンヌでもあり、ラビアンジェでもある私は、聖獣達が守ってきたこの国の主となって死に、主のまま転生してしまったの。
そうである以上、やっておかなければならない事があると理解している。
だって私は、今いる聖獣ちゃんだけじゃなく、もういなくなってしまった聖獣ちゃん達のしてきた事も、無碍にはしたくないもの。
何だかベルジャンヌだった私が、悪魔を止める為に死地へと向かった時のような気持ちに……。
『王女なんか関係ねえ!
ベルジャンヌ、お前は子供だ!
子供が自分勝手な大人の理不尽を、我慢なんかしてんじゃねえ!
怒れ!』
不意にある人の声が、言葉が頭を過り、ハッとする。
どうして?
この声は、本来この世界に在るはずのない、あの人の声。
幻聴であっても、私が聞き間違えるはずがない。
前々世と前世の記憶が、2度の転生で捻れてしまったのかしら?
ベルジャンヌが初めて感情を爆発させた理由が、ずっと不思議だった。
ベルジャンヌはその言葉があったから、怒りを表に出せたような気がする。
前々世でずっと胸に抱えていた、さざ波のような何かの感情。
名前をつけられず、明確に自覚できないまま、積み重なっていた心の機微。
それは短い人生の中でたった1度だけ、戸籍上の父親とまともに対峙した時、急激に渦巻いて大きくなった。
前世を生きたからこそ自覚した、さざ波のような感情の名前は、怒り。
きっかけは……さっきよぎったあの人の……。
「シリアス回……シリアス回なんだよぉー!」
「あらあら?」
いえ、独り言です……言い聞かせているだけです……ラビアンジェに。