「ヘインズ!
毒は本当に大丈夫なんだな!
残りを仕留めにいく!」
他の奴らが縛られた蜂に止めを刺すのを横目に、ウジーラ嬢が俺に声をかけた。
ここらにいる蜂型魔獣の内、残るはクイーン・ビーのみ。
けど、こいつはただの女王蜂じゃない。
ありきたりな女王蜂は、働き蜂よりデカいが、動きは劣る。
毒もなく、産卵に特化してる。
クイーン・ビーは違う。
まさかこんな不利な状況で、滅多にお目にかからねえ危険な魔獣が現れるなんてな。
一緒にいた2匹の蜂。
あいつらは働き蜂だ。
クイーン・ビーの大きさは、働き蜂と変わらねえ。
なのに動きは働き蜂より早く、毒も持ってやがる。
「毒は問題ねえ!
体に細工してある!」
「細工?!」
確かにさっきクイーン・ビーに刺された背中が、ジワジワ熱感に苛まれてる。
でも理由はわかんねえが、右腕に仕こまれた誓約紋が毒の進行を抑えてんだ。
もちろん誓約紋は、あの破廉恥小説家に仕こまれたやつ。
誓約に抵触した時はえげつない痛みを与えるが、無毒化とまでいかなくても毒を抑えてくれんのは嬉しい誤算。
「そういう事だ! 囮と撹乱役の蜂はもういねえ! いくらクイーン・ビーが高速で飛んでも、落ち着いて追えば殺れる!」
その時、パキンと何かが割れるような高音の音が響いた。
けど今は何の音か確認する余裕はねえ。
俺と違ってウジーラ嬢は鍛えちゃいても、体重の軽い女性だ。
それに今まで魔獣の相手してきた疲労も蓄積してってる。
クイーン・ビーを斬り伏せたと思っても、元々硬い外殻に覆われてれば、剣を弾かれる事もある。
俺だって徐々に疲労が蓄積してる。
長引かせるわけには……。
「薄赤い方の結界が消えました!
生活魔法なら使えます!
神官達はクイーン・ビーがお2人に向かって真っ直ぐ向かうよう、共同障壁を!
お2人の背後は、他の方が一丸となって守って下さい!
生活魔法レベルと言っても、高位貴族の方々。
威力は落ちても攻撃魔法は発現できますね!」
亜麻色の髪した上位神官が叫ぶのを聞いて、俺とウジーラ嬢は他の奴らを背後にする立ち位置へ移動する。
神官達は治癒と防御の魔法に特化した、後方支援に長けてる。
普段なら上位神官は、障壁どころか結界も普通に発動できるんだろうな。
でも今は生活魔法レベルに制限された状況だ。
神官達が総出で小規模の障壁を張るのが精一杯って事か。
魔法具のストックを切らした学生達は1番後ろに回り、高位貴族達で俺とウジーラ嬢の背後を守る陣形が出来上がる。
剣を持った他の奴らは、いつ他の魔獣が出ても後方支援組を守れるように立つ。
「今です!」
上位神官が叫び、神官達の作る障壁をタイミング良く発動。
狙い通りにクイーン・ビーが障壁の作る一直線の通路に入った。
「「うおぉぉぉぉぉ!」」
2人して叫び、ウジーラ嬢が一瞬早く硬い外殻に剣を走らせた。
俺はその勢いに加勢する形で剣を打ちつける。
多少の刃こぼれなんぞ、気にしてられるか!
しっかり手応えを感じながら、2人で剣を振り切った。
――キシャァァァァ!
断末魔のような叫び声を上げたクイーン・ビー。
真っ二つになりながら少しの間もがき、その後絶命した。
その時、どこからともなく地響きが聞こえた。
「お、おい!
あれ!」
「ヒィ!
大量の魔獣達がこっちに向かってきましたわ!」
「速すぎるだろう!」
後ろが騒がしくなり、まさかと振り返る。
「んだよ、こんな校舎の中で……」
多種多様な魔獣達が何かから逃げるようにして、一斉にこっちに向かって突っこんできてるのが見えた。
押し合い、壁に押し潰されたり、踏まれたりしながら、隙間なく廊下を埋めて走ってやがる。
「お、終わった……」
誰かが呟くのが聞こえたが、全員が絶望したのだけは間違いなかった。
その時だ。
校舎中が白色に埋めつくされた。
「へ?
花?」
「リコリス?
でも白い……」
「見ろ!
魔獣の動きが止まった!」
無数のリコリスが床はもちろん、天井にも壁にも花を咲かせる。
それを踏み潰しながら進んでいた魔獣達が、徐々に動きを止めた。
やがて花々が、風もないのに白い花弁を散らせ始める。