「ふん、どのみちお前を理解してやれるのも、生かせるのも俺だけだ。
俺に殺されるか、再び焼かれるかして死にたくなければ、俺の隣に堕ちてこい。
お前なら、他の魔法呪のように使い捨てたりしない。
共に在るのを許してやれる。
もう時間がないのだろう?
俺はいつでも体を捨てられる。
死という概念がないからな。
だがお前はどうだ?
今回はたまたま転生し、前世の記憶があった。
だが次も上手くいく保証はない。
なあ、俺の手を取れ。
愛しく哀れな、稀代の悪女」
あらあら、今度は懐柔作戦かしら?
それとも信用できなくとも近くに置いて、出し抜かれるのを防ぎ、出し抜く機会を得る作戦?
確かに目に見えない不確定要素も含めて、相手にするのは実にやり難いのもわかる。
私からすれば、1つの見落としが、今世の悪魔に繋がったわ。
悪魔からすれば、1つの見落としが、現在の再降臨失敗に繋がっているのだから。
「今はまだ意地を張れるだろうが、死に瀕すればどうせ俺の手を取る。
お前は所詮、時間も肉体も有限の人間だ。
俺はいつでもお前を待っているぞ」
言うだけ言って、ジャビが側妃に口づける。
用済みとなった古い体を捨て、新しい肉体を得る為に。
側妃の体は、既に異なる力に満ちている。
きっと長い時間をかけて異なる力に染まったはず。
そこに怨嗟まみれのシエナの魂が揃った。
ジャビの体の輪郭が揺らぐ。
赤黒い煙となって、側妃を包み始める。
煙が触れた肌に、呪いの呪印が刻まれていく。
呪印はベルジャンヌの最期に刻まれたものと同じ。
悪魔が体の外側から、内側へと侵食していく証。
突然、側妃がカッと目を見開く。
口づけるジャビの体を遠ざけるかのような抵抗を見せた。
もしかすると止まっていた心臓が動く事で、|息を吹き返した《側妃の魂が表層に現れた》?
けれど側妃の魂もまた、体に宿した異なる力と本人の気質によって堕ちているはず。
ジャビにとっては食らうべき餌。
ややあって、側妃の体から力が抜けた。
一瞬遅れて、ジャビの体は完全に側妃の中に煙となって入りこんで消えた。
「……ふ……ふふふ……あはは……あはははは!
やっとだ!
やっと体を得た!」
初めは微かに、そして徐々に大きな声で笑い始めるのは側妃ではなく、ジャビ。
服から覗く呪印は、帯のように側妃の体を巡っている。
呪印はジャビが体に馴染んだら消えるはず。
「……母上?」
呆然と呟く愚か者の様子と、ベルジャンヌが経験した過去から、恐らくもう腐臭はない。
少なからず正気を取り戻した碧の瞳には、未だにタールが健在ね。
「無事に復活できて何よりよ」
「ラビアンジェ!
どういう事だ!
お前が稀代の悪女の生まれ変わりだと!?
稀代の悪女が悪魔を封じて死んだだと!?
スリアーダ……曾祖母様が悪魔を呼び戻したとは、どういう事だ!
稀代の悪女が悪魔を呼び出したのだろう!
お祖父様が、光の王太子が、稀代の悪女ごと悪魔を倒したのではなかったのか!」
愚か者は青い顔で震えているかと思ったら、臭いが消えた途端に元気が復活?
相手にするのも面倒だから無視しましょう。
「案内するわ」
「ま、待て!
お前は母上の中に悪魔を入れる手引きをしたんだろう!
わかっていて母上を犠牲にしたのか!
ラビアンジェ!
いや、ベルジャンヌ!
やはりお前は稀代の悪女だ!」
ジリジリと体の内側に感じる灼熱感が、私のタイムリミットを告げてくる。
それでも取りこんでいた国王のアイリスの力もあって、まだその時を先延ばしているのに。
国王の息子がこんなに愚か者だなんてね。
子育ては本当に難しい。
わかるわ。
前世で子育てを経験したもの。
腰の抜けた愚か者は、虚勢を張るために噛みつきやすい私に噛みついているだけね。
「お前、本当によく似ているわ。
それにお前達が私に言ったのよ?」
愚か者の滑稽な姿と、在りし日の異母兄の姿が重なって、クスクスと笑いが漏れる。
「稀代の悪女だと」
いつぞやの蠱毒の箱庭でワンコ君にしたように、あからさまな殺意をぶつける。
前々世で知らず身につけていた、絶対的強者としての威圧も上乗せして。
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3/8(金)に書籍3巻が発売されます!
詳しい事は活動報告に上げておりますので、よろしければご覧下さいm(_ _)m