「……へ?
……な、なん……」
愚か者はあの時のワンコ君と同じように、初めは自分の中の恐怖を自覚できずに体を震わせる。
ワンコ君と違うのは、その恐怖を自覚した後の行動。
「光の王太子?
笑わせる。
いつも自分は安全な母親の影に隠れ、他人を傷つけては嘲笑う卑しい性根。
自分の言動が招いた結果にも、取るべき責任にも目を背けて逃げた挙げ句、他人のせいにする幼稚な性根だった。
本当にお前は、お前の祖父とそっくりで虫酸が走る」
「……ヒッ…………ぁ……た、助け……」
愚か者はワンコ君のように恐怖へ立ち向かう事もなく、命乞い。
胸倉を掴んで、蠱毒の箱庭でワンコ君にしたように、魔法で全身の骨を折り、火で炙り、水で窒息させる。
「……ぁ!
……ぁ!
……ッ……ヒッ、ヒッ……」
もちろん痛みは長引かせず、魔法でたちまち治癒させた。
そうした方が、人は恐怖を煽られやすいもの。
「ねえ、お前。
自らの名を正式に名乗りなさい」
「あっああああ!
わかった!
言う!
殺さないでくれ!」
「言葉に気をつけなさい?」
「ジョシュア=ナヌル=ロベニアです!
お願いします!
もう助けて下さい!」
まあまあ、前世で懐かしの土下座スタイル。
正確には、顔を伏せて身を守ろうと丸くなったまま、恐怖で顔を上げられなくなっただけでしょうけれど。
「今後はロベニアなんて名乗らない事ね。
さあさ、ジャビ。
ストレス解消も終わったから、そろそろ行きましょうか」
ニコリと淑女の微笑みを浮かべてジャビへと向き直る。
「お前が誓った俺の復活は成し遂げられた。
ベルジャンヌの遺灰を取りこめば、お前は間違いなく俺に勝てない。
それでも案内するつもりか?」
私がどこに案内するのか、理解した口ぶりね。
どことなく値踏みするかのような上目遣い。
ジャビの言葉は正しい。
今の時点でも、不利なのは私。
なのに……ジャビは気づいていないのね。
どうしてそんな視線を向けるのか。
警戒以外の感情を私に向けていると。
「私はあなたが完璧に復活した状態を知っているのよ?
それともベルジャンヌの遺灰はもう必要ないかしら?」
「……なるほど、お前の中では誓約が満たされていないという事か。
この愚か者も連れていく。
盾くらいにはなるからな」
「や、やめっ、助けて下さいっ」
ジャビが愚か者の首根っこを掴むと、愚か者は絶望した顔で涙を流しながら私に懇願する。
「お好きに」
「そんなっ……」
私に助けを求めるなんて、本当に愚か。
「…………ぁ……ああ……」
抵抗は諦めたみたい。
ガクリと項垂れたわ。
2人の事は無視して、まずは秘密の小部屋に転移し、更にその奥に進む。
もちろんジャビが愚か者を連れて、転移してくる気配は感じているわ。
立ち塞がる壁についた鍵穴。
そこに1つ目の鍵をラビアンジェのリコリスを作り出し、鍵に変換して解錠する。
更にその奥に進めば、隠してあった屋上庭園に続く螺旋階段。
そこを登る。
昔は屋上庭園という名の、特別な空間だった。
前々世ではキャスちゃんとラグちゃんと一緒に、お昼寝をしたりもした。
私達だけで過ごす憩いの場だった。
そして屋上庭園への扉をベルジャンヌのリコリスを出し、鍵に変換して解錠した。
鍵を開けて入れば、白い光がどこからともなく降り注ぐ空間。
「あの頃のまま……」
懐かしさに頬が綻ぶ。
ここはベルジャンヌだった私が、魔力暴走を起こした時に偶然できた空間。
まだラグちゃんと契約する前だったから、主にキャスちゃんと私とで空間を整備したの。
土を盛り、草木を植え、爽やかな風が吹くようにした。
あの頃と変わらない、穏やかな世界。
「ああ、感じる……」
私のすぐ後に入ったジャビは、歓喜を秘めた声を震わせる。
いつの間にか愚か者の襟首を掴んで引きずりながら歩いて先へと進んで行く。
そう広い空間ではないから、すぐに向かう先の終わりが見える。
と、不意にジャビが愚か者をドサッと投げ捨て、私を追い抜いて走り出した。
「この泉だ!
この中から俺の気配を感じるぞ!」
泉なんて無かったはず。
けれど確かに清らかな水源が、空間の端にポツリと存在していた。