「何だ、ここは……」
眩い光に吸いこまれた感覚の後、目に飛びこんできた光景に唖然とする。
廃墟のようにボロボロに朽ちた建物。
そこに粗末な布に包まれただけの赤ん坊がいた。
その子はとてつもない魔力を内包していると、俺の瞳が告げている。
思わず駆け寄って抱き上げようとして、気づく。
俺の体は透けていた。
そういえば共に吸いこまれたように思う、レジルスとラルフはどうなったのか……。
赤ん坊は生まれて、そう時間を経たずして打ち捨てられたとわかる姿だった。
どれくらい、そうしていたんだ……。
血と胎脂は乾ききっている。
宙に彷徨わせる赤ん坊の虚ろな瞳は、金環の浮かんだ藍色。
髪は白桃銀。
王家の色だ。
瞳と髪色から、もしやと思う。
俺は瞳の力で過去の映像を視ているのか?
だとすれば、この赤ん坊はベルジャンヌ王女?
だが誰であっても、こんなにも酷い仕打ちを一体誰が。
いや、少し考えればわかる。
仮にも王家の血を宿した証となる、銀を纏う髪色の赤ん坊だ。
それに乾いた血と胎脂。
赤ん坊をベルジャンヌ王女だと仮定するなら、母親である側室はもちろん、王妃の所業でもない。
王女の父親であり、この国の最高権力者。
先々代国王陛下の命令でなければ、起こり得ない状況のはず。
だがこんな惨事は聞いた事がない。
それでも、この瞳は真実を視せる。
間違いなく実際に起こった過去の惨状。
穴の空いた天蓋からはポタポタと雨水が落ち、赤ん坊の古びた布にシミをつける。
いつからこんな状態でいたのか。
いくら昔の事だったとしても、胸が痛む。
赤ん坊は膨大な魔力で自身を覆っている。
体温を維持し、飢えを凌いでいるようだ。
もちろんそれは本能からくる行動だろう。
魔法と呼ぶにはあまりにも未熟。
魔力の多さに物を言わせた力業。
それ故に……もう限界がきている。
赤ん坊は何度も魔力枯渇を起こしては、どうにか蓄えて、を繰り返している。
恐らく、これ以上長く繰り返す事は難しい。
赤ん坊が、うつらと瞼を閉じかける。
やはり赤ん坊の時間は残り少ない。
これは過去の映像。
助ける事は不可能だ。
それでもベルジャンヌ王女は、この先も生き抜いている事は史実。
赤ん坊が本当にベルジャンヌ王女ならば、だが……。
俺がどうする事も出来ないのは仕方ない。
なのにどこか無力感に苛まれるのは、赤ん坊の瞳が妹の瞳と酷似しているからか?
思い返せば、氷漬けになっていた妹には金環が浮かんでいたようにも見えた。
妹が胸に抱えていた聖獣達、そして蠱毒の箱庭で目にした聖獣ラグォンドルは藍色に金が散った瞳をしていた。
そして妹と契約していた聖獣ヴァミリアも……。
もしかして聖獣の瞳は、契約した人間の瞳を反映するのか?
だとしたら妹は現状、複数の聖獣と契約している可能性も視野に入ってくる?
思考が幾らか妹へ傾きかけた時、落ちる雨雫が宙で静止している事に気づいた。
思わず周囲を見回す。
何が起こって……。
「すまぬ、無実の子」
不意に妙齢の女性の声が、赤ん坊の方から聞こえてそちらを見る。
すると赤ん坊の真上で、白金の光がほのかに現れた。
「妾のできる事はお前を守護する聖獣が現れるまで、時を止めて肉体を守る事。
妾から今の契約を解除できぬし、他の聖獣に頼む事も許されぬ。
故に時期がくるまでお前を待たせる。
それまで卵の中で眠ると良い。
お前が卵から出た時に生き残れるよう、夢で知恵を授けよう。
なれど妾には赤子に必要であろう、人の温もりまでは与えてやれぬ。
すまぬな」
言葉を紡ぎながら、光は徐々に白に金が混ざる体躯を現し、翼のあるドラゴンを形どる。
聖獣ラグォンドルとは姿の違う竜だ。
白銀の鬣に、赤紫色の瞳も現れた。
竜からはとてつもない聖属性の魔力が放たれている。
神々しい姿に、聖獣に違いないと確信する。
昔ヘインズから聞いた、聖獣ピヴィエラではないだろうか。
かつて蠱毒の箱庭で見た、聖獣ラグォンドルと同じ色味の鬣。
言葉から、この竜は雌。
竜の鬣に性別の違いはないらしい。
俺が持つ知識の中に、こんな聖獣はいない。
しかし俺が生まれるよりも前に消失したという文献になら、過去の聖獣の姿もあったかもしれない。
結局ヘインズもアッシェ家当主である父と、次期当主である兄が話していたのをこっそり聞いただけのようだったしな。