「ふうん……ピヴィエラが生かす事を選んだんだ?
ご丁寧に夢で英才教育までしてる」
小狐は9本の尾をフワリフワリと揺らしながら、フンフンと卵の臭いを嗅いでそうぼやく。
もしかしたら緑光に話しかけているのかもしれないが……。
夢で英才教育?
小狐の話からも、やはりあの竜の名前はピヴィエラで間違いない。
ピヴィエラは知恵を授けると言っていたが、本当らしい。
またしても史実に疑問を持つ。
魔力の少ない無能な王女ではなかったのか?
初めて目しただけでも、王女の魔力量は尋常ではない。
その上、聖獣が英才教育を授けているのに……。
「四公の中でも1番いけ好かない、アッシェの爺が許さなかったはずだけど……ああ、やっぱり薄っすら血の臭いがついてる」
小狐の続く言葉に、やはり美しい体を傷つけた何者かは契約者だったのかと、再び怒りを覚える。
「アヴォイドが初代国王の血に特別な祝福を与えてさえなければ、僕が国王も四公も血族諸共とっくに皆殺しにしてるのに……」
殺意を帯びた赤色が、眠り続ける赤ん坊を射抜くように見て、ややあってから和らぐ。
「それにしても、この子……名前付いてんのかな?
んー、ピヴィエラが付けたんだ?
王女って、人間が崇める王族なのにね。
生まれた直後に名無しで捨てるなんて、僕の元契約者の息子は、よっぽど父親を恨んでるんだ?
惚れた女の血を引いていても殺したい気持ちはわかるけど、生まれたばかりの赤ん坊を長時間苦しめて死ぬように仕向けるのは、いただけないね」
何を言っているんだ?
先程小狐が現れてすぐ、元契約者は先代の国王と言っていたよな?
瞳が見せるこの時代の現国王は、王女の父親で……ん?
王女の本当の父親はまさか……この時代で言うところの先代国王?
史実ならこの世界の現国王は王女の実父だが……実は異母兄だとでも?
ならば王女の母親は?
王女が生まれるずっと以前、現国王の母親は病死しているし、先代国王が存命中に側妃や側室を娶った史実はない。
現国王が惚れた女……史実から言えば、王女の母親は史実の通りに側室。
しかし、もしも王女が側室と先代国王との間にできた子供なら?
先代国王の子を孕んだから、平民から側室へと召し抱えられた史実が事実なら?
憎しみから先代国王を殺して国王の座に就き、惚れていたから父親と子を成した女を側室にした。
更には側室が生んだ直後のベルジャンヌすら憎く感じて、こんなにも寂れた離宮に生きたまま捨て置かせた。
できるだけ異母妹が苦しんで死ぬよう……仕向けた?
聖獣ピヴィエラが助けなければ、王女は間違いなく死んでいた。
魔力枯渇を起こしながら、それでも生きようとしていた赤ん坊は、苦しみの中で死んでいた。
俺の時代では先々代に位置する国王。
俺が生まれた時点で既に亡くなっていたが、その功績から賢王と呼ばれていた。
全っ然違うじゃないか!!
最低過ぎるだろう!!
「ベル……ジャン……ベルジャンヌか。
ベルジャンヌは先祖返り?
名前に聖獣2体の祝福が入ってるからかな?
魔力が尋常じゃなく多いね。
僕は会った事ないけど、初代国王より多かったりして」
怒にワナワナと震えていれば、小狐は更に眷族と話している。
いや、これは王女に話しかけている?
正直、小狐の話が情報過多で不穏が過ぎる。
俺の頭が混乱し過ぎて、目眩がしてきた。
「仕方なくだよ。
僕が受け継いだ先代聖獣の意志が、守れって懇願してて煩いんだ。
本当に仕方なくなんだからね。
まあ本来の聖獣契約なら、仕方ないからしてやっても良いよ」
俺の知っている、初代国王と契約していた最古とされた聖獣は、ヴァミリアだ。
小狐は初代国王と契約していたわけではないらしい。
小狐の言葉に呼応するように、卵の輪郭が揺らいで消える。
「起きて。
その魔力量だし、ピヴィエラが教育してる。
それに僕は既に聖獣へと昇華してある。
赤ん坊の姿でも僕と契約できるでしょ」
小狐が朽ちた床に眠る、王女の頬を鼻先でつつく。
すると閉じていた瞼が開いて、金環の入った藍色の瞳が顕になった。
直後、王女と小狐の真下に、光り輝く魔法陣が現れる。
光は柱となって二つの姿を包む。
魔法陣は緻密で、光は全ての属性がこめられた、溢れんばかりの魔力で漲っている。
神聖さを感じずにはいられない。
荘厳で美しい、契約する双方を想いやるかのような温もりに溢れた……。
「そう、これが本来の聖獣契約に相応しい魔法陣だ。
小細工した隷属の要素が入ってたら、赤ん坊でも殺してたよ」
鋭利な刃物が潜む小狐の声音に、本気でそうしただろうと察した。
しかしそれよりも、かつてはそんな聖獣契約をしていたのか?
小狐の言葉に、肝が冷えた。
『我、キャスケットを命の限り守り支え、共に在り続けると誓う。
我が名ベルジャンヌ=イェビナ=ロベニアの名にかけて』
「我、ベルジャンヌ=イェビナ=ロベニアを命の限り守り支え、共に在り続けると誓う。
我が名キャスケットの名にかけて」
幼い子供の声が念話となって聞こえると、小狐、いや、キャスケットも後に続いた。
魔法陣が目を開けていられない程眩く光を放ち、二つの影すら見えなくなって……瞬時に消える。
次に見たキャスケットの瞳は、金が散る藍色に変わっていた。
やはり聖獣の瞳の色は、俺の仮説が正しいらしい。
聖獣との真の契約を初めて目の当たりにして、人知れず興奮を覚えてしまった。
その時、発動していた瞳の力が消えて激しく目が回る。
意識を保つのが難しくなり、手放した。
ご覧いただき、ありがとうございます。
これにてプロローグ部分は終わりとなります。
ベルジャンヌの本来の血筋を正式にネタバレです。
わかりにくいかもしれないので……。
・祖父 → 本当は実父
・父 → 本当は異母兄
・異母兄 → 本当は甥
・実母 → 本当に実母
※余談
スリアーダ→ 本当に血縁では他人
てな感じでベルジャンヌと周辺の人物関係が、戸籍上と血縁上で違います。
話が進むと徐々に整理されていく……はず?
多分、次の投稿は来週あたりになりそうですm(_ _)m