「ベル、綺麗にしよう」
「ん」
キャスケットが魔法で王女の顔面全体を清浄する。
俺が魔法を使えたら……。
「ワン!」
(ピヴィエラよ、俺の背に乗れ)
そういえばコイツは何で魔法が使え……ん?
ある事に気づいた俺は、障壁に近づく。
赤黒い靄を濃くして纏う黒蛇は、王女を敵認定して障壁に巻きついている。
そのせいか俺達には見向きも……いや、違った。
聖獣の力らしき緑銀色の魔力が視える。
キャスケットが魔法で黒蛇が動かないよう、体を障壁に固定していたのか。
「シャー」
(殺す殺す殺す食い殺す食い殺す食う食う食う力の根源! 祝福ごと食わせろー!)
鎌首あたりは自由にしているから、障壁に噛みつ……食らいついている。
いつの間にか殺意より食欲が勝っていないか?
力の根源?
祝福?
「悪魔の影響で、ベルに食欲を刺激されてる」
「夫ながら、悪魔の力に支配されておるな」
聖獣2体が黒蛇を呆れたように見やる。
「ワフ?」
(力の根源はともかく、祝福?)
そんな中、体中に土埃を付けたレジルスは祝福という言葉に反応する。
あ、体には葉っぱもついていたのか。
転移じゃなく、いつの間にか穴を掘って障壁を下から潜って入っていたらしい。
魔法が使えるのかと勘違いしたじゃないか。
今更だが、胸を張って叫んだ自分が恥ずかしくなってきた。
「キュイキュイ」
(王女……あのベルジャンヌ王女、なのか?)
ラルフよ。
お前はお前で、いつの間に犬が掘った穴を潜って王女の足下に?
お前も葉っぱがついているな。
地面は比較的柔らかい腐葉土のような地質だったのか?
甘えた声で注意引くとか、葉っぱつけて健気さアピールとか……。
確か巷で流行りの小説で時に小動物が、時にヒロインがいじらしさや可愛らしさを演出していたな?
ハッ、まさかお前もトワの小説を?!
葉っぱはわざとか?!
「随分と知能が高そうな……動物?
どうして瞳の色がそんななのかな?」
ピヴィエラを片腕に載せた王女が、しゃがんで足下のラルフの首元を背後から鷲掴みにして持ち上げる。
子供らしい乱暴な手つきだが、ラルフは抵抗もしない。
むしろ顔を至近距離まで近づけ、しげしげと観察する王女に照れていないか?
兎の鼻と口元あたりがモゾモゾしている。
「魔獣でもないし……聖獣でもない?
キャスケットは、3匹の言葉がわかる?」
「わかるけど……」
王女が不思議そうにキャスケットに尋ねる。
キャスケットは動物の言葉がわかるのか?
魔獣の瞳は赤く、動物の瞳は黒が主流だ。
一部そうではない動物もいるが、朱色や菫色は俺が知る限りいない。
子兎の暗緑色は光の加減で在りそうに見え無くもないが、やはり珍しい。
今夜は満月だから、人の目でもある程度見る事はできるだろう。
「過去に1度だけ、そのようになった獣を見た事がある。
もっともその獣は、動物ではなく魔獣であったが。
遥か昔、初代の……いや、あまりに昔すぎて記憶が曖昧なようだ。
しかし今は時間がない。
妾はこの3匹と共に……魔獣集団暴走になりかけた魔獣達を蹴散らそう。
そうする内に思い出せるやもしれぬ」
んん?!
突然、何をこの竜は言い出した?!
俺達3匹は非力な動物だと判明したばかりだぞ?
「そうだね!
守るとか、助けになるとか、手伝うとか言ってたんだから、それくらいしてもらわなきゃね!
判ってるだろうけど、言った言葉を反故にするなら僕が先にお前達を殺すから」
「でもキャスケット。
この子達は動物……」
そうだ!
動物だ!
頑張れ、王女!
うおい!
レジルスはしれっとピヴィエラに近づいて……背中に乗せるな!
「ベルジャンヌは、まずは妾の夫を浄化せよ。
契約主も王太子を追いかけ、この森の入り口に来ている。
幾らかの魔獣が夫の殺気に追いたてられ、森から出ているはず。
さすがに妾を止めはせぬ。
ほれ、行くぞ、犬。
妾と共に子兎を背に乗せ、猫を従えて行くのじゃ!」
「……君達、怪我しないようにね?
ピヴィエラ。
最短でラグォンドルを気絶、じゃない。
浄化するから、無理はしないようにね」
俄然、張り切りだした、怪我を治癒されて元気になったピヴィエラ。
正直、王女には是非とも諦めずに説得して欲しかった。
というか王女は浄化を言い直したが、実は思考が脳筋寄りじゃないよな?
早速、レジルスの掘り返した穴から1体と2匹が出てきて俺の元へと駆けてくる。
共に立ち去りながら振り返れば、障壁を消した王女とキャスケットの凄まじい魔力が、赤黒い靄ごと黒蛇を包んでいた。